旧ゲストブック

旧ゲストブックは閉鎖しました。投稿には新ゲスト ブックをお使い下さい。ここは閲覧専用です。

編集や削除のご要望がありましたら個別にやります。遠慮なくおっしゃって下さい。


No.1888) はじめまして (no name)(Fri Jul 22 17:01:06 2005)
 Mary Sueについて言いたいんですが、まずあれで悪いと言われてる傾向は実際日本の一次創作の小説(ライトノベル含)や漫画にはほとんど無いと言ってもいいんじゃないですか?
 海外は知りませんが、日本じゃ二次創作でオリジナルキャラを混ぜて話を作ろうとしているやつなんてFFシリーズくらいでしか見たこと無いですので二次創作は日本の大勢には当てはまらないと言って問題ないでしょ。
 一次創作ではむしろ典型的なハリウッド映画(スターウォーズやマトリックス等)の方が当てはまる気がしないでもないです。他には主に海外で高い評価を受けている作品で、ハリーポッターは世界が狭いけれど主旨には合致しているし、指輪物語など色々裏から伝えたいこともあるでしょうが実際のところど真ん中です。海外ではこのような小説の方が売れるようですね。
 まあ日本にもリアル鬼ごっこなど例外的な、『狂っているのに売れる』作品もあるにはありますが、あれをよい作品だと言う読者を私は日本人とは思いません。
 だから私が言いたいのは、このMary Sueテストは、日本の小説、漫画の最前線から読者までの全体的な文学センスの高さを数値的に示し得るものであると言うことなんですがどうですか?
No.1891) iwatam(Fri Jul 22 23:38:27 2005)
日本では、この手の作品は15年くらい前に雨後の筍のように作られ、そのほとんどすべてが泡沫作品として消え去ってしまったので、今の日本ではほぼ見ることができない、というのは間違った指摘ではないと思います。同様に、日本でたくさん作られた二次創作物(ガンダム世界やRPG世界など)も、15年前はたくさん見ることができたけれども最近ではジャンル自体が衰退してしまっています。
私は、日本では「Mary Sueがない」のではなく、「Mary Sueすら書けない」という方が正しそうだと感じています。Mary Sueを書くためには、ある程度の自我像が必要だからです。
「いかにもハリウッド映画的」と揶揄される作品も、同じ傾向はあると思います。ただし、映画の場合には映像という別の見せ場があるので、それが特に問題とならないこともあります。映画と小説は別物です。
最後に、FAQにも書いたことを繰り返します。このテストの点が低かったからといって、それがいい小説であるとは限りません。
No.1895) (no name)(Sun Jul 24 04:23:44 2005)
ハリウッドのシナリオはいくつか商業的にウケの良い型ってのが決まっててそこに設定なり政治性なり付け加えて作ってるだけなのが殆ど(全てがそうではないが)なんで、レベルが低いだとかいう次元の前の問題だと思う。
No.1901) iwatam(Sun Jul 24 01:03:23 2005)
勘違いがあります。
Mary Sueは、海の向こうでも、スタートレックの時代から延々と言われてきたことで、1975年には既に言われてきたことです。今始まったことだという認識はまったくの間違いで、実際には30年前の出来事なんです。だからこそ、「日本は遅れている」と言っているわけです。
マトリックスについて言えば、「ある日突然異世界に飛ばされ」というのは間違いです。事実は逆です。マトリックスの映画は、あなたの言うような批判を包含して止揚しています。「グダグダ」にしか見えないのであれば、きっとあなたの理解が足りないのだと思います。
No.1908) (no name)(Sun Jul 24 20:39:21 2005)
 ですから私が言いたいのは、Mary Sue的作品がアメリカをはじめとする英語圏の文学界で低脳作者とその読者を持ち、30年もの長きに渡って批判され続けながら現存し、文学的描写の進歩を遅らせ続けてきたのに対し、日本では、二次創作小説にオリジナルキャラを持ち込んだりファンタジーの主人公に理想我を投影したりというジャンル自体が瞬間的に消え去り、そのような現象が起こらなかったのだから、少なくともあなたの『さて、「今の日本でこんなことを言ったらほとんどの小説は否定されてしまうじゃないか」と言うかもしれない。ある意味その通り。日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオは否定されてしまう。そして、否定されても仕方がないレベルにある。』などという暴論は一切通らず、逆に、あなたの賞賛したがっている海外文学やハリウッド映画が否定されることにしかならない(そもそもMary Sueは英語圏で言われ始めたことなのだから白人の自己顕示欲の醜さを露呈することにしかならないのは当たり前なのだが)という当然の道理を、まず認めよということなのです。
 私だってMary Sueがスタートレックの時代に言われ始めたことであるとは勿論知っています。それが今でも少し形を変えただけで英語文学(ハリーポッター等)に対する批判の材料になってしまうからこそ、海外文学が遅れていると書いたのです。
 マトリックスについて。マトリックスの評価は止揚してなどいない。もう既にこき下ろされつくしているのだ。特撮技術は凄い。しかし、それだけである。だいたいこの映画はジャパニーズアニメ即ちアメリカにおけるオタク文化の象徴を取り入れた、映像技術のみで魅せることをそもそも狙ったストーリー空の(繰り返しますが救世主ってだけで強くなって拍子抜けする「愛」で蘇生する、しかも分からないやつは分からないままでいいと監督が公言するジャンプの読みきり未満のストーリーですよ)オタク向け馬鹿映画なんです。
 あと、異世界みたいなものに飛ばされたということのどこが間違いでしょう。英雄的なパワーを労せずに発揮でき、人を殺しまくることのできる非日常、ものは異世界と大差ない。厳密な設定がどうかなんて関係ないでしょう。余計でカッコよさそうなだけの設定、これはMary Sue的ではないんですか?
 さらに言うならばマトリックスで語られる哲学はこの世界がマトリックスであることを前提として始めて成り立つもので、この世界はマトリックスではないのだから高尚なメッセージにはなり得ません。
No.1910) わからないやつはわからないままでいい iwatam(Sun Jul 24 22:06:43 2005)
まさに「分からないやつは分からないままでいい」です。むしろ「分かろうとしないやつは分からないままでいい」です。あなたの書いているのを見ると分かっていないようなので、あなたがどうこき下ろそうと私は気にしません。
ところで、最近では、日本人の自己顕示欲のなさが問題になっています。自己顕示欲は過剰なのが醜いだけで、適正レベルのものは必要です。
私は、あれを書いた当時は、日本の現状がこれほどひどいとは思っていませんでした。付属の文については機会があれば見直そうと思っています。
No.1919) (no name)(Mon Jul 25 10:40:59 2005)
Mary-sueだとか言って過敏になることは結局創作の幅を狭めているだけだと思うけどね。そもそも二次創作物は原作のファンが読むものだから、意味のわからんキャラに原作キャラが蔑ろにされるのが許せんって理由で叩かれてたわけで、正直必死になってこき下ろしてる人間もすっげぇくだらねぇと思う。そりゃ、個人的にはMary-Sue俺も嫌いだ。二次創作物にオリジナルキャラを出すこと自体嫌いだし、嫌いな人は多いだろうけど、Mary-sueなんて名前をつけてみんなで叩こうぜって空気を作ってるのは、ファッションパンクを笑うっていうファッションに悦に浸るパンク小僧どもと同じ痛さがあるよ。そしてそれを良しとしてしまうアメリカ人ってやっぱりバカばかりなんだと思う。
No.1921) すがりん(Mon Jul 25 17:24:23 2005)
二次創作でオリキャラウザイ、というのは分かりますが、そういう原作世界へのこだわり以外のところで特別に二次創作にだけ通用する法則があるってところがどうも不自然に感じます。オリジナル作品にMary Sueが適用されない理由はなんなのでしょう?
でまあ、日本文学とやらがそんなにご立派なもんか、俺には疑問なんですけどね。ほとんどの日本現代純文学は、そのまま脚本化してもハリウッドの映画作品としては下読みにさえ通らないでしょう。映画人はそもそも見てる部分が違うんで、純文ローカルな価値基準で程度が高い低い言ってもこっけいなだけです。
No.1922) Mary Sueの適用対象 P1101(Mon Jul 25 19:38:35 2005)
本来の意味だとMary Sueとは、二次創作のオリキャラについての概念のようですが、主催者様は巻頭言で「日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオは否定されてしまう。そして、否定されても仕方がないレベルにある。」と書かれています。
いくらなんでも「日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオ」が二次創作であるとは思えません(オリジナリティに欠ける作品は多いでしょうが)。これは主催者様がMary Sueの概念を一次創作にも適用されるべきとお考えだからでしょうか。
No.1923) 私は適用されるべきと考えています iwatam(Mon Jul 25 19:44:44 2005)
私は、Mary Sueの考え方自体は適用されるべきだと思います。
ただ、あのテストで出た点数がそのまま当てはまるとは思いません。
No.1926) iwatam氏へ Mr.no name(Tue Jul 26 00:16:09 2005)
ところで、最近では、日本人の自己顕示欲のなさが問題になっています。自己顕示欲は過剰なのが醜いだけで、適正レベルのものは必要です。
私は、あれを書いた当時は、日本の現状がこれほどひどいとは思っていませんでした。付属の文については機会があれば見直そうと思っています。

との事ですが、日本文学に作者の自己顕示欲が欠けていることについて、いったい誰が問題にしていると言うのですか?自己顕示欲が無ければ誰も同人活動や作家活動をしないだろうし、自己顕示欲を完全に排除した作品などいまだかつて遭遇したことがありません。Googleで「日本人 自己顕示欲のなさ」で調べてもヒット2件、ともにそんなことには言及していないページだったんですが。あなたは現在の日本文学について勉強が足りないんじゃないですか?
 そして、あなたの意見には一貫して全く根拠が無い。

マトリックスの映画は、あなたの言うような批判を包含して止揚しています。「グダグダ」にしか見えないのであれば、きっとあなたの理解が足りないのだと思います。

なんて言いながら何がいいのか書いていない。私はグダグダな点を指摘したのに、あなたはそれに対する反論さえしない。どこかから引用してきてもいいから、ちょっとは議論っぽいことをしましょうよ。あとこれらの発言もですね…
私は、日本では「Mary Sueがない」のではなく、「Mary Sueすら書けない」という方が正しそうだと感じています。Mary Sueを書くためには、ある程度の自我像が必要だからです。(根拠の提示をしているように見えるが実際は根拠無く「日本人は自画像を持たない」と決め付けているだけ)

私は、Mary Sueの考え方自体は(一次創作に対して)適用されるべきだと思います。(←何故?)

あなたがそう考える理由を示していただきたい。そしてNo.1908前半、
 ですから私が言いたいのは、Mary Sue的作品がアメリカをはじめとする英語圏の文学界で低脳作者とその読者を持ち、30年もの長きに渡って批判され続けながら現存し、文学的描写の進歩を遅らせ続けてきたのに対し、日本では、二次創作小説にオリジナルキャラを持ち込んだりファンタジーの主人公に理想我を投影したりというジャンル自体が瞬間的に消え去り、そのような現象が起こらなかったのだから、少なくともあなたの『さて、「今の日本でこんなことを言ったらほとんどの小説は否定されてしまうじゃないか」と言うかもしれない。ある意味その通り。日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオは否定されてしまう。そして、否定されても仕方がないレベルにある。』などという暴論は一切通らず、逆に、あなたの賞賛したがっている海外文学やハリウッド映画が否定されることにしかならない(そもそもMary Sueは英語圏で言われ始めたことなのだから白人の自己顕示欲の醜さを露呈することにしかならないのは当たり前なのだが)という当然の道理を、まず認めよということなのです。

に対してまともな反論をしていただきたい。あなたは自分の意見の表面を述べているだけです。説得力のある議論はできないのですか。

No.1927)  (Tue Jul 26 01:41:11 2005)
オリジナルにMary Sueを適用するとヒーロー物とかはもう全部当て嵌まっちゃうだろうな。
それが否定される世の中なら皆怖くて魅力のある主人公なんて一切書けなくなる。
あと日本の文学がそれ以前とか思われちゃうのって、純文学が崇高とされる風潮のある所為だよね。物語性を排除してストイックな方がカッコイイってのもどうかと思うけど、ウケるストーリーのセオリーに沿ってしか話を書かず、そのセオリーに沿ってないと物語を解することができないあちらさんもたいしたものだと思う次第。

Mary Sueはあくまで二次創作物に限られた話で、主人公を投影して自分に酔っている素人臭い小説は、全然別物と考えたほうがいいと思うよ。そしてこれは、バランスの問題だ。Mary Sueみたいな主人公の一次創作物は、需要があるから恣意的に作られてる。だって書き手だけじゃなくて読み手もその主人公になりたいんだもん。
でも既にファンの愛着がある世界観や既に感情移入をたっぷり行っているキャラの中に入ってきた異物じゃ、その役目は果たせない。その嫌われ者がMary Sueって呼ばれてるだけだと思うんだけど。

No.1928) すがりん(Tue Jul 26 05:12:44 2005)
そもそも、小説、特に日本人の言う文学小説と、物語とは違う、というところから始めるべきなんじゃないかと。
「物語」は造形美に近いところがあり、分析して例えば三幕構造のセオリーに綺麗に収まるというのは、良く出来ている証拠だと言える。複数の構造を織り込んで重層的にしてみたりという方面では、彼らは日本の純文学よりも理論的に意識的に取り組んでいる。
ラノベは、物語であろうとしているジャンルなのではないかと。見た目同じ文庫本メディアでも、文学小説とは目標としているところが違う。
No.1931) 読み手の問題 iwatam(Tue Jul 26 13:17:37 2005)
どんな小説であっても、Mary Sue的に読んでしまう人はいます。だから、これは読み手の問題です。Mary Sue小説というのは「読み手=書き手」だから言えることです。
しかし、読み手がMary Sue的に読むことを期待して書かれる小説もあります。だからこれはオリジナル小説の問題でもあると言いました。
問題はMary Sue的小説を書くことではなく、小説をMary Sue的に読んでしまうことです。そして、そういう需要があることを問題にしているのです。
No.1936) つまり答えられないってことですね Mr.no name(Tue Jul 26 23:08:06 2005)
 結局Mary Sueが筆者が二次創作小説に自己を投影した完全無欠のオリジナルキャラを登場させることを不愉快に思った原作ファンがそれを非難するために英語圏で考えられたものであることをiwatam氏が理解できずに、『「今の日本でこんなことを言ったらほとんどの小説は否定されてしまうじゃないか」と言うかもしれない。ある意味その通り。日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオは否定されてしまう。そして、否定されても仕方がないレベルにある。』という無茶な論理を自身の「英語文学とハリウッド映画ダイスキ!日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオは屑なんだ!否定されればいいのに。否定されるに違いない!」っていう願望じみた思い込みにまかせてよく考えもせずに適当に書いちゃったってことでいいんですね。認めるならその文章だけでも消してください。認めないなら反論ちょうだい。
 あとですね、Mary Sue小説は当然「読み手≠書き手」です。「読み手=書き手」なら批判の対象になるはずないでしょう。だいたいあなたには『日本のほとんどの小説、マンガ、ゲームのシナリオ』がMary Sue的に読めてしまうって言っちゃってるんですけどかなりやばい問題なんじゃないんですか?あとね、あなたの定義によるMary Sue的小説(読者が主人公に自らを投影でき、そしてその主人公が努力なく特別である)の需要はちょっと存じませんが、供給のほうは明らかに西洋のファンタジー物に多いでしょう。あなたの反論は反論になってないですよ。
No.1938) すいません。iwatam氏ではないですが…。 (no name)(Wed Jul 27 01:09:13 2005)
 ちょっと一言だけ。ファンタジーとは関係ないじゃないかと言われるかもしれませんが、何の変哲もない男がほとんどすべての登場人物の女性から何の理由もなく好意をもたれたり、今まで大した力もなかったのに、根性や気合いだけで敵を倒してしまう主人公が横行する日本のシナリオ、またそういった主人公が人気を博する現状を鑑みると、とても(日本の)程度は高いといえないと思うのですが……。

 それらの点については、どうお考えでしょうか……?

No.1946) Mr.no name(Wed Jul 27 20:44:53 2005)
 当然日本にも海外にも三文小説は存在します(海外の下らない小説は翻訳されないから我々の目に触れることは少ないですが)。何かを間違ってそれが馬鹿売れすることもたまにあります。日本ではあなたの言っているような作品(作品名を出してくれないと断言できないけど前者はジャンプの来週くらいに打ち切る漫画ですか?人気は…無いと思いますけど。)、海外ではハリウッドのB級(たまに売れてA級と勘違いされるけど)映画とか、エターナルなんたらとかハリーポッターとか指輪とかの小説とか、Mary Sue的と揶揄されうる作品はどこにでもあります(本来Mary Sue的なんて二次創作でしか通用しないはずの揶揄の仕方を適用するのが間違っているんですがね)。下を見てはキリはありません。
 かといって上を見て専門的な文学論を行い「日本文学と欧米文学はどちらが優れているのか」とか展開していくのはさすがに私の知識量では無理なので、知りたいならそういう本でも探す(なら両論とりあえず1冊ずつは読んでおいた方がいいです。)か、もっと専門的な掲示板に行かれることをとりあえずお勧めします。
No.1962) あ〜。どうもお返事ありがとうございます。 (no name)(Thu Jul 28 20:19:46 2005)
 うーん、ジャンプはもう読んでないので、女の子うんぬんのヤツは、マガジンの看板漫画の一つで学園を舞台にした半ファンタジー風の学園物コメディ(あからさまにハリーポッターの影響が見てとれる(舞台設定と主人公の設定が)ような)を書いている作家の作品(過去作含む)あたり。アレは確かトーハンのランキングでかなりの上位(毎回ベスト10入りするくらい)だったとおもいますけど。アレって売れてないってことになるのかな。まあ、コミックスでかつコメディではありますけどね。それと、根性や気合いでって言うのは、まあ、バトル系の漫画や作品で結構な数散見できるような……(いや、最近は違うのかもしれませんけど)。うん、まあ、私は海外の小説などやノンフィクションのファンなので、「英米文学の低能作家どもとその読者」というご発言に、少々引っかかっただけで、日本もそれほどレベルが高くない「どっちもどっち」という意識があられるなら、それで安心しましたです(まあ日本の例がコミックスあたりってのがナンですけど、あえて小説を出すなら日本のボーイズ系のもかなり異質な気がしますけどね)。
 ちなみに「日本文学と欧米文学はどっちがすぐれているか」というのを論じるだけの知識量は、私にもありません(そもそも文学は眠くなるのであまり好きじゃありませんし(笑))。それにどっちも一流のものは一流ですしね(ただ、盲目の詩人ミルトンの「失楽園」あたりで展開されるイメージやテーマに勝る日本の作品があるかは、不明ですが(四〇〇年ちかく生き残った作品と比べるのは、アンフェアかも知れませんけどね))。なんにせよ、お答えいただきましてありがとうございました。
No.1939) すがりん(Wed Jul 27 04:30:07 2005)
以下は全部別問題なんだけど、ごっちゃに論じられてるのがまずいのでは。
・二次創作でオリキャラはダメ
・作者の願望を投影したキャラはダメ
・キャラに自己投影する読み方はダメ
・読者にキャラへ自己投影させて楽しませる作品はダメ
・努力もなく特別扱いされる主人公はダメ

ギリシア悲劇等の古典演劇のセンスでいえば、主人公が特別な存在なのは当たり前で、ハリウッド映画もまたその子孫なんだけどね。そこは別に非難に値するところではない。

No.1943) iwatam(Wed Jul 27 11:07:26 2005)
まず、「二次創作でオリキャラはダメ」とは言っていません。
それから「努力もなく特別扱いされる主人公」は、そこで終わってしまってはダメです。
あとの3つは別問題ではなく同じ問題で、「キャラに自己の願望を投影することの是非」です。そして、これはダメだと言っています。
No.1944) すがりん(Wed Jul 27 12:04:59 2005)
・これは原作世界が侵略されるのが嫌という要素が大きい、二次創作のオリキャラ特有の問題にも思うのですね。少なくとも大元の文脈では。
・iwatamさんの、『「なぜ」否定されるのか』の説明は、芸術という観点でも文学という観点でも上手く言っているとは思えません。「だからイタいのであり、良くないのだ」ではただの主観です。例えば、個人の努力によっては覆せない壁、つまり社会的な差別偏見であったり(マイノリティ)、埋めがたい才能の差であったり(「アマデウス」のモーツァルトとサリエリ)、というものは厳然としてある。そういう現実を無視して主人公が努力によって勝利することを望む心性のほうがむしろ幼稚でイタイとも言えるのでは。
・あとの三つは明確に別問題です。一つめは作者が意図するのがダメということ、二つめは読者の読み方がダメということ、三つめはそのような読み方を許す作品自体がダメということ、ですから。
No.1948) Mr.no name(Wed Jul 27 21:00:44 2005)
 すがりんさん頭いいししかも優しいですね…
 しかしごまかしをスルーしてたら議論は進展しないとわたしは思います。
 iwatamさんは、Mary Sueという言葉が何のために生まれたのか多分分かっていないし、それが自己を投影しつつも完璧なオリジナルキャラを登場させた二次創作という今の日本では実際ほぼ存在しないジャンルに対してのみ適用可能であることを理解していないし理解しようとしていないんですね。あなたの言っている別問題がごっちゃに論じられているというのも、その認識の間違いから来ているものだと私は考えますが、どうでしょう?
No.1950) iwatam(Wed Jul 27 21:35:13 2005)
普通の人なら、誰が何を書こうと「原作世界への侵略」などとは考えません。他人が書いたものをそう思うことこそが、作品世界へ自己を投影してしまっている証拠です。
Mary Sueは、「個人の努力によっては覆せない壁」を感じてしまっている人が、自己の無力感を癒すために逃避する避難所です。そんな所に避難してばかりいると、そのうち現実に立ち向かう力を無くしてしまいます。だから問題なのです。
考え方自体に問題があるからこそ、そう読んでしまうのも、そう作ってしまうのも問題です。意図的にそう作るのはもっと問題です。
No.1952) すがりん(Wed Jul 27 22:15:36 2005)
iwatamさんにとって、創作とは現実に立ち向かうためにあるものなのでしょう。それはまあ個人の信念として立派かもしれません。しかし、そのような規範への合致度で作品を評価するのはまずいです。そういうのを「規範批評」といいます。ダメな批評の典型例です。
一般に、芸術はそのような目的のためだけにあるのではないし、そのような基準で評価されるべきものでもありません。
No.1953) iwatam(Thu Jul 28 01:35:31 2005)
もちろん、規範の枠に収まらない高尚な芸術もありますが、今問題にしているのはそんな高尚なものではないでしょう。規範は、一流の作品には当てはまりませんが、三流の作品にはよく当てはまります。
そして、実際のところ、批評されているのは芸術としての「小説」ではないことがわかるでしょう。それを書いている/読んでいる人を批判しているのです。
例えば、太宰治の小説は優れた芸術性がありますが、太宰治自身にもし何か言うことができるなら、「あんたそんな変な考え方ばかりしてるとそのうち自殺しちゃうよ。考え方を変えなきゃ」と言います。
No.1955) すがりん(Thu Jul 28 10:00:46 2005)
三流の作品だからこそ、三流の規範批評で消費してたんじゃ能がないでしょう。もっと高いところを目指しましょうよ。
作品評価から離れたところで作家や読者の有り方に口を出すのはいかがなものか。正直余計なお世話という気がしますね。
小説は別に人生を前向きに生きるためにあるものではないし、不満は全て自分の努力が足りないせいだと考えてただ馬車馬のように働く体制に都合のいい労働機械を仕立て上げるための教本でもありません。
No.1960) iwatam(Thu Jul 28 18:28:48 2005)
私は三流の作品に多大な労力を注ぐような無駄なことはしません。三流の作品には三流の規範批評で十分です。
人生は前向きに生きるために存在するものですし、不満は自分の努力以外のものでは解決しません。そう考えられない人に口を出すのが果たして「余計なお世話」なのかという問題に対しては、私はNoと答えます。
No.1963) すがりん(Thu Jul 28 20:48:14 2005)
それで、貴方は三流作品相手の三流規範批評以外のことを何かしているのですか?
貴方のつまらない人生観を他人に押し付けないほうがいいと思います。
No.1964) iwatam(Thu Jul 28 21:14:58 2005)
いろんなことをしてますよ。当たり前でしょう。
私がMary Sue批評しかしてないとでも思っているんですか?
No.1965) すがりん(Fri Jul 29 08:04:14 2005)
他にはエロゲへの規範批評をしたり、オタクアニメやマクロスへの規範批評をしてたりしてますね。稚拙なネットウヨサヨ論を展開したりもしています。
それで、それが三流エロゲや三流アニメや三流ラノベよりも高尚な芸術活動だといいたいのですか?
(補足)
僕の今回の一連の批判がここに綺麗に纏まっています。参考にどうぞ。
・勝手な規範を元に作品を貶すことへの批判
・文学を過大評価しすぎであることへの批判
・自らの政治性に無頓着であることへの批判
http://homepage2.nifty.com/nishitaya/intro3c1.htm
の「五、規範批評」をご覧ください。
No.1969) iwatam(Fri Jul 29 23:46:58 2005)
私は、自分のやっていることを「高尚な芸術活動である」とはまったく言っていません。
No.1974) すがりん(Sat Jul 30 11:02:52 2005)
高尚な批評活動でもありませんね。表現作品への言及は、三流の規範批評ばかりです。
No.1975) iwatam(Sat Jul 30 23:54:27 2005)
その通りですよ。それが何か?
No.1984) おいおい(Sun Jul 31 15:01:21 2005)
なんで自分の書いたことを撤回せずにそれと矛盾することを言い出すのですかwホント議論下手、つーか負けようとしてるね。何がしたいんだ。
No.1992) iwatam(Sun Jul 31 23:30:23 2005)
そういうあんたは何がしたいんだ?
No.2007) 待てや(Tue Aug 2 00:20:54 2005)
質問に質問で返すと0点なの知ってた?知ってたか。ならいいけど。
つーかどんなに強引な話題転換だ。他にも方法はあるだろう。前の発言と完全に矛盾したことを書くならせめて前言を撤回してからにしろよと言っているんだ。撤回しろよ今からでも。
そもそも何か生産的な目標があってこの掲示板に書き込んでいる奴自体少ないと思うがな、それでもわざわざ矛盾しまくった文章を管理人が書いてたら何か目的があるんじゃないかと思うんだが、もうよくわかったからここの説明はいいよ。
でもさ、「してますよ。当たり前じゃないですか」と書いておいて、その口からでまかせを論破された、その次に出る言葉が「その通りですよ。それが何か?」はありえないだろう。コラムなんか書くのはもうやめろよ。ホントに信じ込んでる奴とか引用して自分の意見に説得力持たせようとしてる人もいるんだからさあ。
質問への答え。「iwatamの自分で完璧と思ってるっぽい論理を打ち砕いてやりたい」これに尽きる。
No.2013) (no name)(Tue Aug 2 03:07:29 2005)
「復讐というものは、初めこそ甘美なものだが、まもなく苦渋となって自分自身に跳ね返ってくる」
No.1972) そうかい?(Sat Jul 30 01:38:34 2005)
>そうでない人に口を出すのが果たして「余計なお世話」なのか

余計なお世話でしょう?
「そうでない人」は「弾丸で言い聞かせないとわからない連中」なのだから。

No.1976) iwatam(Sat Jul 30 23:56:24 2005)
最終的にはそうなのですが、一縷の望みを託しているのです。
私は、すがりんさんがそれほどどうしようもない連中だとは思っていませんから。
No.1981) すがりん(Sun Jul 31 12:06:17 2005)
なんというか、余計なお世話です。
iwatamさんの言うような価値観に基づいた生き方なんて、俺にはつまらなくて生きるに値しません。エロゲやって社会から白眼視されてのたれ死んだほうがまだましです。
No.1993) iwatam(Sun Jul 31 23:29:13 2005)
きっとあなたには、「私が言うような価値観」とは何かが分かっていないと思いますが、そこまでの覚悟があるのなら、勝手にのたれ死んでください。
No.1994) すがりん(Mon Aug 1 00:19:01 2005)
そうですね、のたれ死ぬその瞬間まで俺の信じる芸術に没頭して楽しみますよ。
貴方はくだらない三流規範批評で小さな自尊心を慰めつつ、せいぜい末永く体制の犬人生を送ってくださいw
No.2005) iwatam(Tue Aug 2 00:16:39 2005)
自分が自尊心を慰めないとやっていけないからといって、他人もそうであると思うのは間違いです。
No.2018) (no name)(Tue Aug 2 11:18:35 2005)
でもあなたがそうでないという論証にはならない。
No.2031) すがりん(Tue Aug 2 19:25:26 2005)
いや、俺は芸術家ですし、その活動で実績あげて十分に自尊心を満足させてますけどね。それがなにか?
No.2040) iwatam(Tue Aug 2 20:23:47 2005)
問題がわかってませんね。
自尊心を満足させることが重要だと思っていることが問題なのですよ。
No.2074) すがりん(Wed Aug 3 00:50:42 2005)
誰か、自尊心を満足させることが重要だと言った人がいたのですか?
あなたの三流規範批評は、貴方の自尊心を満足させるのでなければ、クソの役にも立ちませんがね。
No.2101) iwatam(Wed Aug 3 22:51:28 2005)
あなたが言ったんでしょう。
聞かれもしないのに「活動で実績あげて十分に自尊心を満足させてる」なんて言うのは、それが重要だと思っているからですよね。
No.2110) すがりん(Thu Aug 4 03:03:27 2005)
はあ? 貴方が
>自分が自尊心を慰めないとやっていけないからといって
という風に話を振ったんでしょうが。
俺は自分の芸術活動で自尊心を満足させていますが、それが何か問題あるのかと聞き返したんです。
もちろん、俺の自尊心の満足具合と、芸術的もしくは商業的価値とは無関係ですが。
貴方の規範批評の場合、芸術的にも商業的にも無価値なので、自己満足でしかないですねと。
No.2129) iwatam(Thu Aug 4 21:20:20 2005)
何かをしないと自尊心が満足されないのが問題だ、と言っているのです。
普通の人は、自尊心は何もしなくても、何の理由もなくても常に満足されているのです。
No.2075) (no name)(Wed Aug 3 01:09:05 2005)
 すみません。すがりんさんって、何のゲージュツカなんですか。ずいぶん、プライドが高いみたいですけど……。

 いえ、べつにこんなところでなに言っても証明にならないのはわかってますけど、ちょっとだけ興味がわいたので。

 もし、よろしければ、ということで。

No.2079) すがりん(Wed Aug 3 10:03:29 2005)
ここで正体ばらしてもなんの得も無いんでゴメンナサイ。
でもまあ、俺の正体のいかんに関わらず、規範批評には価値がないという指摘は成り立つので、その辺は別にいいんじゃないでしょうか。
No.2085) (no name)(Wed Aug 3 19:30:33 2005)
 いえ、まあ、こちらこそ私的な質問を失礼しました。ただ、実績もあげて自尊心も充分に満足させてるとおっしゃっているので、どんなご大層な方が反論なさっているのかな〜、と思っただけで。

 まあ作品を拝見していないので、すがりんさんが、どのくらいすごいゲージュツカなのかは、私にはわかりませんけど(ゲージュツカでしたら、本当は、作品がすべてでしょうけれどね。作品が提示されなければ、それは判断のしようがないな、と)。

 ひとつと言えるのは、顔も合わせたことのない人間の価値観を「つまらない人生観」と断じるのは、あまり印象よくないんじゃないかな、と思っただけです(べつにiwatamさんを擁護してるわけじゃないですけど)。世の中がゲージュツカばかりでしたら、たぶん社会は成り立っていきませんし(私個人の考え方では、多くの人にとって、ゲージュツは人生の余録みたいなもので、あればあったで楽しく過ごせるけど、なければなかったで生きるのに大して困りはしない、ので)。

 まあ、大抵のゲージュツカは、歴史的に見ても(同時代の)批評家に痛めつけられているものですし、その点では同情しますけど。「作品は後世に残るが、(批評家の)批評は(大抵)後世には残らない」という原則からすれば、こんな辺境の(失礼)あくまで個人的な論説に(感情的にまでなって)いちいちそう目くじらたてるほどのものなのかな、とも思います(ハタから見ていると)。

 なんにせよ、お答えいただいてありがとうございました。模範批評うんぬんのむつかしい話は正直よくわからないですけど、ふつう批評ってのは自らの内の何らかの価値観を基準に、なされるものじゃないのかな、とだけ呟いて、終わらせていただきます。

 ありがとうございました。

No.2087) (no name)(Wed Aug 3 19:48:25 2005)
あのテストが定規で測ったように点数出るからじゃないですかね〜 まぁ、なんにしても、作品の一部(この場合設定か)を見ただけでその作品がイタいって決めるのはどうかと思う。 iwatam氏にその気がなくても テストにひっかかる設定がある=作品全体がイタい と思えるからね 
No.2111) すがりん(Thu Aug 4 03:12:20 2005)
生きるのに困らないことだけして生きていきたいならそうしてください。そんな人生が生きるに値するかどうかは知らないけれど。

そのような批評観がまずいというのを、俺が少し上で書いたURLで解説してるわけですね。彼の意見は到底まともな批評のレベルに達していないということです。

エロゲやらギャルゲやら「萌え」オタに対するくだらない道徳批評を叩いておきたかっただけで、彼がどんな活動をしている人なのかには興味が無いですね。

では、ありがとうございました。

No.2146) iwatam(Thu Aug 4 23:05:40 2005)
やっぱり、自分が気に入らないものを叩いてただけだったんですね。
No.2153) (no name)(Fri Aug 5 06:23:10 2005)
だから自分も同じでしょ? 違う訳?>iwatam
No.2175) (no name)(Fri Aug 5 19:39:41 2005)
上のほうの「No.1927) 」および「No.1936) つまり答えられないってことですね」が核心をついている。
前者はiwatamがいかにMary Sueの意味を勘違いしているかについて鋭く考察している。iwatam氏は「あえて無茶苦茶なこと(Mary Sueでは読み手=書き手だとかどんな小説でも書き手次第でMary Sue的に読めるとか)を言い出し論点をすり替える」という得意技で無理矢理に場をしのいでいる。
後者はiwatamが何を考えてあの文章を書いたのかを同じくうまく指摘している。iwatamは他の人がレスを返したのをいいことにこれを無視しきった。
同様の手法で「No.2007) 待てや」もスルーされている。このレスでは普通にiwatamの言っていることの矛盾を指摘している。
えー、これらを読めば(読まなくても)わかると思うが、iwatamの主張はおかしい。多くの箇所にミスや矛盾が見られる。
気に入らない=おかしいと思える箇所を指摘し否定するのは変なことではない。ある意味では進歩的な行いでもある。
しかしiwatamは気に入らないものを著しく間違った主張で否定する。それは進歩などとはどうやっても結びつかないし、当然批判されるべき行いである。当然間違っているかどうかは指摘されるまで気付かないことも多い。しかしその指摘は、受け入れるか、反論するかすべきだ。無視したり根拠を示さず否定したりしていては、iwatamはバカと思われても仕方がない。
No.2183) iwatam(Fri Aug 5 23:45:57 2005)
当然違いますよ
No.1878) Mary Sueの話題が出ているので便乗して…… (no name)(Thu Jul 21 21:10:33 2005)
 Mary Sue自体は、べつにあれらの要素のあるキャラクターを書くことを禁止しているわけじゃないでしょう。一人のキャラクター(たいてい主人公)に詰め込みすぎるのと、詰め込んだ割にはほとんどが安っぽい『設定だけの設定』どまりになっているのが問題なんじゃないかと(つまりはとってつけたような個性を出すために、安直にキャラの過去や能力や外見だけ(もしくはちょっとした口調や嗜好など)に頼るような状態がよくないのでは、ということ)。

 要するにほとんどの場合、キャラクターにリアリティがない。ゆえに、一般的な読者(現実を主として生活の場とする)からは共感もされず感心もされない、ただ作り手の自己満足だけが鼻につく、だからそんなものは読むに値しない。そう、結論づけられてるんじゃないかと……(まあ、キャラクターは、共感されるのがすべてじゃないですけど、ね)

 何を書くかは、作り手の自由といえば自由ですけど、それが受け入れられるか否かの選択権は読者にあるものですし、読者を納得(もしくは共感)させるためには、それ相応のものが必要となります。

 それは作者の知性(ものの見方や考え方)であったり、膨大な知識や経験からくる描写だったり、いずれにせよ単なる(思いつきの)設定の羅列だけでないのは、確かでしょうね。

 まあ、なにが言いたいかというと、「人間だったらまず人間を書けるようになってからでも、他に手を出すのは遅くないのでは」ということです。いや、書いていて耳がイタイんですけどね(自分が)。

 最後に、見当違いのことを書いていたら、失礼――

No.1879) DDT(Fri Jul 22 00:07:06 2005)
概ね同意ですね。

 私が下のレスで指摘したかったのは、このテストが「一人のキャラ」を対象としているのか、「作中に登場する全てのキャラ」を対象としているのかが曖昧…というか、文中に全く記されていない、という問題点であり、テストが「一人のキャラ(主人公)」だけを対象としているのであれば、妥当性のあるテストだと思っています。
 ただ「多くの項目に当てはまるキャラがいる」というのと「一つ二つは当てはまる項目があるキャラクターが沢山いる」のとでは、作品の質自体が大きく変わってきますが、今のMary Sueテストでは、この二つが同一レベルで語れてしまうんですよ。
 なので、このテストを妥当性のあるものとしたいのなら、一人のキャラクターを対象にしているのか、全ての「オリジナルキャラ」を対象にしているのか、設問中か注意書きに明記する必要があると思うのです。
 意地の悪い事を言ってしまえば、完全な創作の場合、それこそ最後に倒すべき悪役や、数行しか登場しない端役に至るまで、全て「あなた(作者)のキャラ」になってしまいますから(^_^;)。
 その辺りを管理人様には、ご一考頂ければと思い、下のレスを書いた次第です。
 横レス失礼しました。ご不快の向きがありましたら、平にご容赦を。

No.1880) DDT(Fri Jul 22 00:22:59 2005)
>管理人様へ
***
 追記ですが。テストの事でもう一つ気になった点として。
 下のレスの中でも、世界観の事を話題にした方がいらっしゃいましたが、「その世界、その種族にとっては特別な事ではない」事項に関しても、考慮した方がテストの結果の妥当性が増すのではないでしょうか?
 例として、その世界ではちょっとした魔法や超能力が使える事が、車を運転できる程度の技能である場合は、チェックに値しない…など。
 いかがなものでしょうか?
***
 始めに書き込みさせて頂いた時には、実例を上げて問題点を指摘するにとどまり、見ようによっては喧嘩を売っていると取られかねない書き込みになってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます。
 これに懲りず、また遊びに来る事をお許しいただければ幸いです
No.1893) 下の話もまとめてお返事 iwatam(Sat Jul 23 02:19:42 2005)
私もその通りだと思います。「設定しかない」のが問題です。
「こんな設定はダメだ」「いや、そういう設定でもいいんだ」という議論は無意味です。設定を議論しているのがそもそも問題だ、と言っているわけですから。設定は小説にとってはたいして重要ではありません。
No.1877) 風花[HOME](Thu Jul 21 18:44:37 2005)
コラム:現実の重み を読みました。
一点,おかしいと感じる部分があります。
単なる書き誤りだと思うのですが。
----
>ボイスチャットに感じる抵抗も、ここに原因がある。ボイスチャットというのは、今までネットでは伝わらなかった声のトーンを伝えることができ、表現力を現実世界により近づける。これは、ネットを現実に近づけようとする人にとっては非常に意味のあることだが、ネットを現実から切り離そうとする人にとっては害悪でしかない。
>前者の人にとって、究極の仮想世界とは現実世界の制約からまったく切り離された独立した世界であり、ネットが現実から離れる方向に進化することを期待している。それに対して、後者の人にとっての究極の仮想世界とは、現実とまったく同じ表現力を持つことである。
----
この部分,「前者」と「後者」,逆になってないですか?
私の読み方が間違ってるのかもしれないと,何度か読み返してみたのですが,やはり逆なんじゃないかなと。
私の間違いだったらすいません。
No.1881) ご指摘ありがとうございます iwatam(Fri Jul 22 00:48:39 2005)
その通り、逆です。
直します。
ご指摘ありがとうございました。
No.1875) 41点ですた。 ぽんた[HOME](Thu Jul 21 13:44:18 2005)
自分の痛さ加減が身にしみました。
まだ書いてる途中です。
でも変えませんが。
No.1874) 通りすがり(Thu Jul 21 10:39:31 2005)
このテストに沢山あてはまったキャラがいても面白い作品というのは、該当する項目のような境遇や能力に甘えて何もしなくてもとんとん拍子で上手く行くのではなく、努力して何かを果たしている話だと思うのですが。
そのキャラのために世界があるようなキャラ、それがMarysueなんじゃないかと。
だからこのテストの項目は、あてはまるものが多いほど世界はそのキャラのためにある傾向にある、というだけで、項目が少なければいい話、多ければダメな話と一概に決める前提なのは「???」と思います。
さすがに全部あてはまってたらいい話とは思えませんが(笑)
No.1876) (no name)(Thu Jul 21 20:47:40 2005)
一つの観点からだけですからねぇ 表現力とかも当然関係してくる訳だし 
部分を見てその作品が・・・ってのはなぁ・・・ 

コラムに関してもそう思う。 オタクに関してやたらに書かれてるけど
一部のオタクを見て決め付けて書いてるってのは偏見というか差別ですね・・・
オタクとかに疑念を持っている人が理屈っぽい文章で書かれたのを読めば「あぁ、やっぱりそうなんだ」って思うだろうしなぁ・・・

っと、ここで書いても仕方ないか・・・

No.1873) 余談になるのですが すがりん(Thu Jul 21 02:28:25 2005)
このMary Sueテスト、「外見」「生い立ち」の欄の裏を返すとこうなるんですよね。
・混血を描いてはならない
・障害者を描いてはならない
・服装倒錯者を描いてはならない
・孤児、欠損家庭は描いてはならない
・異世界人は描いてはならない
こう書くと、なんとも差別的ですね。ヘイズコードみたいだ。
No.1885) 「書いてはいけない」とは言ってませんが iwatam(Fri Jul 22 01:30:36 2005)
書きすぎるな、と言っているだけです。
No.1886) すがりん(Fri Jul 22 02:37:25 2005)
純血でヘテロセクシャルで健常者で一般的家庭に育った一等市民を書きすぎるな、とは誰も言わないわけでしょう? 第三世界文学の類には、そこであがってるような形で虐げられたり抑圧されたりしてる人が多く出ますが、このテストではそういうのもまとめてアウトにしてしまいませんか? やはり、この手のコードには危険性もあるように思うのです。ヘイズコードに喩えた理由もそこにあります。あれだって、ハリウッド映画を健全で高尚で世界に誇れる芸術に高めるために制定されたものですからね。
No.1892) iwatam(Fri Jul 22 23:49:09 2005)
一つや二つならいい、と言っていますが。
全部ぶち込んでしまったら、きっと焦点がぼやけてしまって読む方はわけがわからなくなってしまいますよ。
そして最後に。あのテストが100%の確実性をもって何かを判定していると思うのは間違いです。そもそも、小説の出来をチェック項目で100%判定できると思う人は普通いないでしょう。
No.1894) すがりん(Sat Jul 23 02:57:24 2005)
純血でヘテロセクシャルで健常者で一般的家庭に育った一等市民という設定が一つ二つどころじゃなくたくさん重なっていても何も言わないわけでしょう?
それに、ガルシア=マルケス辺りだと、焦点がぼやけかねないくらいにいろんな要素を詰め込みまくってますが。
人間のある属性を選択的象徴的に排除するようなコードを作ることが問題なんです。
設定が意味を成してないということを批判するのに、設定そのものを箇条書きにするからおかしくなる。
No.1899) どこがずれてるのか不思議でしたが iwatam(Sun Jul 24 00:43:31 2005)
私が「書くな」と言ったことに強制力があると思っているのではないですか?
当然ながらそんなものはないので、これはコードでも何でもないんです。単に「つまらん」「読みにくい」と言っているだけなのですから。
上の発言から直接に指摘すると、「排除」という言葉が間違い、と言っているのです。
No.1903) すがりん(Sun Jul 24 03:36:06 2005)
つまり、マイノリティを扱った作品はつまらん、と思ってるわけですね。
No.1905) 横やりになってしまいますが、ちょっとだけ…… (no name)(Sun Jul 24 16:34:21 2005)
>すがりん様

 横やりを失礼しますが、ちょっとだけ私見を。あなたの定義なさったマイノリティを書くことが悪い、というのはないと思います。ただし、そういった人々を主人公(もしくはそれに準ずるキャラ)として扱う場合は、(書く方に)相当な覚悟がいることは確かだと思います。

 つまり前提として、「本は知的な楽しみをあたえてくれるもの」と定義すると、マイノリティを描く場合は、そのメリット・デメリットが事実(現実)に基づいていて、なおかつその事実を掘り下げ、作者独自の見解(止揚(アウフヘーベン))まで高めないと、なかなか読者に訴えかけるものは得られないと、個人的には思います。

 Mary Sueが言いたいのは、その域まで達していないのに、安直にそれらの特徴をアクセサリーのごとくキャラクターに付加し、なおかつ事実さえも反映させられないような、そんなキャラクターを主人公とすることが問題だと言っているのではないでしょうか。

 一言でいえば、リアリティのないキャラクター、ということです。

 むろん、娯楽作品であれば、コメディであれなんであれ、それらの人々を面白おかしく扱う作品もあるでしょう。ただし、そういったものは前提として「コメディだからリアリティをある程度犠牲にするのは止む終えない」という書き手と読者との暗黙の了解があるからだと思ってます。

 漫画も同じことで、誇張や現実ではありえないような描写がなされていても、読者としては「漫画だから仕方ないだろう」という無言の赦しが入ります。

 小説の場合は、(特に本を読み慣れた読者の場合は)より知的な楽しみとしての読書を求めます。となってくると、求められた部分でいい加減さが目立つと、それだけで放り投げられてしまいます。おわかりでしょうか? つまり本来小説とは、漫画や映像作品よりも無意識的にリアリティが求められるのです(まあラノベとかパルプ小説と呼ばれる一連の作品は、娯楽性が重視されるので、必ずしもこの原則にあてはまりませんが、それらの作品は周知の通り一般的な評価は一般の小説よりかなり劣ります)。

 べつにiwatam様の考えを代弁しているつもりはありませんが、以上のような次第で、「書くなとは言わない。ただ書くからには、それがあたかも現実に存在するかのように(あるいは現実であるかのように)(読んだ後に何かを学びえる(共感、もしくは理解できるなども含む)ように)書きなさい」ということです。

 ちなみに、物語の娯楽性とリアリティの有無は、必ずしも等比ではないとだけは、一言つけくわえておきます。

 それでは、長文による横やりを失礼しました。気分を害された場合は、つつしんでお詫びを申し上げます。それでは。

No.1917) すがりん(Mon Jul 25 02:27:24 2005)
「事実に基づいていて」を条件にするのはいかがなものかと。ドキュメンタリーしか書けなくなります。マジックリアリズムとか全否定でしょうか。
作家に覚悟を求めるのには大いに賛同します。生かされてない設定を批判するのにも賛同します。ただ、それらとマイノリティな設定をあげつらうこととは別問題でしょう。マジョリティを描くときにだって覚悟は必要ですし、無意味な設定は批判されるべきです。
Mary Sueの該当部分は、読む限り、設定をあげつらうものでしかありません。
日本の現代文学においてある種のリアリティが求められるというのは分かるのですが、ラノベはそもそもそういう意味での文学ではないでしょう。
No.1925) 書くには基本的な心構えだと思っているんで。 (no name)(Mon Jul 25 20:48:21 2005)
 こんばんは。すがりん様。さて、「事実に基づいて」を条件にすると、ドキュメンタリーしか書けなくなります、とのご反論ですが、ある意味その通りとお答えします。正確には、ドキュメンタリーを書けるくらいの知識や事実を元に、真実を再構成せよ。またそのくらいの労力をかけよ(想像力を駆使せよ)。ということです。……特殊な条件をそなえた人々を主人公(もしくはそれに準ずるキャラクター)として扱う場合は、コメディでもない限り、正確性があるにこしたことはありません(その中に一つまみの嘘を交えることもポイントですけど)。個人的に事実に基づくということは、特殊なキャラクターを主人公とするには、最低限の条件だと思っています(それがリアリティを生むということですから)。

 で、それらを踏まえて、あげつらうのは別問題、ということに少々触れさせていただくと、ああいった設定を好んで使う人々に、その最低限のことが出来ていない人が多いので、単純に例としてあげられただけの話ではないでしょうか。つまりそういう人々の傾向ということです。だから当てはまっていても、自身で「私の主人公たち(や世界)は、リアリティがある」と思うのであれば、べつにMary Sueの評価項目など歯牙にもかけなければいいのです(まあその場合、自己評価が正しいか否かは、読者が判断してくれるでしょう)。

 次にマジョリティーを書くときにだって覚悟はいるではないか、との反論ですが、ええ、そうですね。ただしマジョリティーの場合は、マイノリティーに比べある面で有利かつ容易で、べつの面ではそれと同等の難しさがあります。上の横やりでそのことに触れなかったのは、あなたが定義なさったことに対しての意見だったからです。まあ、マジョリティーを書くときの条件などは、割愛させていただきます(本題とは関わりないと思うので)。

 で、ラノベはそもそもそういう意味での文学ではないでしょう、とのご意見ですが、ええその通りです。正確にいうと、文学ですらないでしょう。ただしカテゴリー的には『小説』ですよね? だから、例としてあげさせていただいただけのこと。ちなみに、ラノベが得意として扱う分野(ファンタジーの類やSFもどきの題材)で、海外の同カテゴリー(SFやファンタジー)の小説に、(内容で)匹敵もしくは凌駕する作品があったなら、ぜひ教えて欲しいものです(むろんラノベの中で)。

 最後に。小説を書くために一番大切なことは、今も昔も変わっていなくて、「想像力」だと個人的には思ってます。ただし、「想像力」は「いい加減」とか「適当」と同義ではありません。すぐれた想像力は、(一見)なにもないところから、「事実」あるいは「真実」もしくはそれを越えて読者に訴えかけるものを創り出すのです。事実や知識に基づくのは、いわば次善の策で、天才にはなれない人間が天才に近づくための手段にしかすぎません。そして私をふくめ、多くの人間は天才ではないので、次善の策に頼らざるを得ない、あるいは頼った方が無難だよ、というだけのことです(もっとも想像力だけで、小説のすべてを描ききることは難しいと思いますけどね)。もしもあなたが天才で、自身の想像力のみで読者に訴えかけられる小説が書けるのでしたら、すべては無用な意見です。そしてそういう方は、ただ作品ですべてをあらわせばよいのです。

 あなたたちの小説には、はたしてそういった要素がありますか。読むに足りうる要素がありますか。……Mary Sueが問いかけているのは、意外とそんなところなのかもしれません。

(ああ、偉そうに書いて、自分でも耳の痛いこと痛いこと……でもまあ、理想を語るだけはどんな愚か者にでもできるということで、一つご容赦を。それでは)

No.1929) すがりん(Tue Jul 26 05:37:53 2005)
>ああいった設定を好んで使う人々に〜 黒人には犯罪者が多いから黒人に気をつけろ、と言ってるのと同じような危険さを感じます。そりゃ黒人のほうが貧乏な人多いから、優位に犯罪率は高いでしょうけれど。俺はそもそも二次創作作家ではないので、自身でどうこうという問題ではないのです。
>ただしカテゴリー的には『小説』ですよね?
日本人のいう文学小説ではないですね。しかし、日本現代文学ってそもそもどれほどのものなのかなあ、と。
ラノベは、小説と物語でならむしろ物語に近いものでしょう。別の項でも書きましたのでここでは割愛します。
>海外の同カテゴリー(SFやファンタジー)の小説に
なんで日本の同カテゴリと比べないんですかね?(笑)
スタージョンの法則ではないですが、海外SFにもクソなのはある。ブギーポップシリーズの最初のほうだとか、漫画になってしまうけど「攻殻機動隊」とかは、箸棒レベルの海外SFよりは上じゃないかな。
そりゃ海外でも名前が知られるくらいの一流作家の作品に日本ローカルなラノベ作家が勝つのは難しいですが、それはジャンルの違いのせいじゃないでしょう。
No.1934) ああ、なるほど……。 (no name)(Tue Jul 26 19:38:37 2005)
 こんばんは、すがりん様。さて、黒人には〜と同じような危険さを感じます。についてですが、まあ確かにそのとおりかもしれませんけど、しょせん小説家は作品によってでしか、その偏見を否定することはできないのですよ。つまり「(評価に対して)文句があるんだったらその文句を覆す物を書け」。それだけです。あ、ちなみに前回ご指摘の部分は、二次創作のつもりでは書いてませんでした。あくまで、ふつうのレベルの小説を書くときの心構えでしたね。失礼しました。

 ラノベに関しては、すがりん様のおっしゃることになるほど、と思う反面(ほんとうにその見解があっているかは別として)、読者としては「小説」として出版されていて、内容のジャンルがSF・ファンタジーをメインとする以上、そこまでして区別する必要性をまったく感じませんね、というのが、正直な感想です。書く方からすれば、「わかってくれよ」となるのでしょうが、内容が劣っているのでは(劣らざるを得ないとしても)、言い訳はできません(そこまで好意的に内部事情を忖度する必要が読者にあるとも思えませんし)。まあ、あくまで内容を比べる場合は、ですが(繰り返しになりますが、物語の構造だけを読みたいわけではありませんので。あくまで読みたいのは「小説」ですから)。

 あ、ちなみに私が基準としているのは、海外のそれこそ数百年を閲した作品やそれに匹敵するような緻密な描写と知識(もしくは経験あるいは想像力)を縦横に駆使して書かれた作品群です(その中には当然、小説という形式じゃないものも含まれますが、内容で劣っていれば同じことです)。
 
 ただよくよく考えると、先にも書きましたように、ラノベという娯楽作品に対してそれらと比較するのは、酷だったかもしれませんね(まあ海外の(一流の)SF小説も基本的には娯楽作品ではあると思いますけど(娯楽作品と娯楽作品を同列に比べられない(語れない)というのも、非常に寂しい気がしますけどね))。ちなみに、日本の一般むけのSF小説を書く方(ほとんど絶滅に瀕していますが)には、海外の一流SF小説に比肩する作品を書かれる方がいらっしゃることも知っています。だからあえて、「ラノベ」でお聞きしたのです(だって、SFやファンタジーといったジャンルをメインとして「小説」を名のっているのですから。物語の構造がよくできている? だから何? それだけで評価してくれって? ばかいえ。そんなものは小説の一部分でしかないじゃないか、ということです)。

 まあ、このようなところでしょうか。正直なところ、小説を書くことや読むことなどついてには自分なりの結論が出ていますので、新たな見解がこの先出てくるかは不明ですが、横やりといくつもの長文におつき合いくださいましてありがとうございました、と一言述べて筆をしまわせていただこうかと思います。それでは。

No.1941) すがりん(Wed Jul 27 04:48:04 2005)
現代文学小説の価値基準を前提にした議論には乗り切れないところがあります。
ラノベはイラストあってのものですし、漫画化やアニメ化を見込んだメディアミックスの一端という要素が強い。目的は小説芸術としての完成度じゃない。そこで求められているのは、他メディアでも共通の土台となる「物語」だ、という主張になるわけです。まあこの辺は私論ですが。
目下、ラノベ業界も読者もそういう基準からの評価を必要としているとは思えません。ごく一部の文学主義者が文学小説の基準を持ち込もうと必死なだけじゃないでしょうか。
海外文学には紋切り型のキャラクターが大いに活躍する物語がたくさんありますよ。小説にとどまらず詩や演劇、映画芸術にまで視野を広げればなおさらです。そういうのを神経質に排除しようとするのは近現代小説のごく一部の勢力だけでしょう。そのごく一部の勢力が日本の純文学を牛耳っているせいでこういう議論になってしまっているわけですが。貴方の後生大事にしている「小説」という価値観こそが、芸術のごく一部でしかないのです。
No.1954) 芸術なんて論じてませんけど。 (no name)(Thu Jul 28 01:39:51 2005)
 うーん。たぶん議論を続けても平行線になると思うので、これで最後にしますが。

 読者としての私の要望は、「小説を標榜するんだったら、それにふさわしい読み応えのあるそして面白い作品を読ませろ(書け)」だけなんですよ。

 安直な設定、安直な描写、安直な人物造形、安直な(登場人物の)会話や思想や思考過程および世界観……(まあ商業で、ここまでそろった質の悪い作品は、あまり見かけないですけどね)。これで一体その本から、どういった知的な刺激を受けろと言うのか、ということです(いちばん最初にも申し上げたとおり、私にとっての(小説の)読書とは基本的に「知的な楽しみをあたえてくれるもの」だからです)。
 
 ようするに読む本に「こいつはすごい(本(作者)だ)」といわせて欲しい。だからそのためになされる努力には、なにが必要かどんな要素であるか、それを語らせていただいただけのことです(それが妥当か否かは、読んだ人が判断すればいいと思いますけど(私は少なくとも正しいと思ったから書きましたが、それは私個人の価値観(観察力)であって、普遍性を持つかは、別の話です))。

 ラノベに関しましては、すがりん様のおっしゃることは充分に頷けますし、断片的に知りうるラノベの創作環境からすれば、納得できます(仕方ないだろうな、とも思います)。ただ、そうであっても、小説である以上は最低限の品質は保持してほしいですし、かなうならば「こいつはすごい」と言わしめて欲しい。ただ、それだけなんですよ(まあ、すがりん様にいわせれば、そんな評価は必要ないのかもしれませんけどね(だいたいそんな作品を書いたら、たぶん現状では売れない公算も大きいですしね(読者層から言っても)。商売としては、ま、できないでしょうね)そういった意味で引き合いにだしたのは、確かにアンフェアだったかも知れませんね)。

 芸術としての小説なぞには、ほんとうのところなんの興味もなくて、以上のような欲望が満たされれば、それで満足なんですよ(まあ、それならだまって過去の名作でも読んでいた方が、まだしも建設的なんでしょうけれど……)。

 あなたが最後に「貴方が後生大事にしている価値観は芸術の一部でしかない」と断じておられますが、私からいわせれば、「だから何?」です。私は、小説の話をしてきたのですし、芸術としての小説の話なぞしたつもりもなければ、興味もない。崇高な芸術論をぶつつもりもありません。ただ、私が(そして他人が)「こりゃすごい本(小説)」だ、と言うような努力(要素)には何があるかを私見で話させていただいただけのことなんです。

 以上のようなところでしょうか。永きにわたり色々とおつき合いいただきましてありがとうござました。それではこれで失礼いたします。

No.1956) すがりん(Thu Jul 28 10:10:33 2005)
そうですね、貴方とは平行線になりそうです。この辺で終わりにしましょう。
要するにそこで、「では映画、漫画、アニメなどの現代アートに比べて、現代小説はそれほどのものなのか?」という大元の疑問に戻るわけで、俺は、それほどのものとは思わないので、ラノベにはそんなものを求めなくていい、と考えているわけです。
お疲れ様でした。意見の交換が出来て楽しかったです。
No.1916) iwatam(Mon Jul 25 00:38:22 2005)
ほとんどのことは上の方が既に言ってくれていますので、一点だけ。
3つ上に書いたことももう忘れているとは、困ったもんですね。
No.1918) すがりん(Mon Jul 25 02:29:13 2005)
3つ上で書いたことってどれですか?
No.1924) iwatam(Mon Jul 25 19:46:22 2005)
>1つや2つならいい
No.1930) すがりん(Tue Jul 26 05:43:56 2005)
なぜ多数だと排除されるんでしょう。描ききれるならそれはそれで面白いテーマでは?
マイノリティは、少しならあってもいいけど、マジョリティに脅威を与えるほど前面に出られては困るってことですか?
やや難癖に近くなってますが(苦笑)、つまり、そういうところを突っ込まれてもしょうがない、自分達を中心、非白人を周辺とみなす白人のおごりがそこに垣間見えてるわけですよ。日本人も他のアジア人に対してそういう態度を取りがちですけどね。
そういうものへの批判としてラテンアメリカ文学とかが注目されたりもするし、そういう作品ではMary Sue的な価値観から排斥されるようなゲテモノも多い。
No.1932) なぜ多くてはいけないのかというと iwatam(Tue Jul 26 15:58:50 2005)
人はたくさんのものを一度に処理できないし、書き手も一度に書ききれないからです。
問題を変に勘違いされていませんか?マジョリティがどうこうという話ではありませんよ。
No.1933) すがりん(Tue Jul 26 18:38:07 2005)
iwatamさんがコメントを付け加えることで問題を違う方向に誘導されようとしているのは分かりますが、実際に法則として書き出されているものは明らかにマイノリティ設定排除の論理ですよ。
No.1935) いいえ、違います iwatam(Tue Jul 26 20:07:36 2005)
あなたがコメントを付け加えることで問題を違う方向に誘導されようとしているのはわかりますが。
No.1940) すがりん(Wed Jul 27 04:35:04 2005)
ここでのMary Sueの紹介のされ方によっていかに違う問題がごっちゃに扱われているかは上で別個にカキコミしましたから、そちらへ合流という感じで。
No.1872) はじめまして HSC(Thu Jul 21 01:31:07 2005)
 Mary Sueを試してみました。なかなか面白いものではあると思ったのですが、判定結果は、0〜24点を除くすべての階級が「否定されるもの」となっています。このテストの点数が高いものは全てだめな作品、というのは単純すぎると思います。
 iwatamさんはどうお考えでしょうか。
 P.S.既出だったらすみません。
No.1884) iwatam(Fri Jul 22 01:26:48 2005)
確かに単純すぎるとは思いますが、世の中にある二次創作はほとんど単純すぎるものばかりなので、実質上問題ではないと思います。
過去記事はこちらから: [0] [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54]