デスマーチの特徴
デスマーチとは端的に言えば「もともと破綻する運命にあるプロジェクト」で す。開発期間がもともと必要量より少なかったり、必要な開発者がほとんどい なかったり、もともと無理な性能を要求されていたりする時に起きます。
典型的なデスマーチでは、次の状態にあります。
開発者は、プロジェクトの遅れの原因が突発的な事故やミスではなく、もっと 根本的な所にあると感じている。
現在の開発のやり方はおそろしく非効率で、傷を深めていくだけであるとわかっ ている。
しかし、現状がどうであろうととにかく開発を進める以外に手立てはない。
リーダーの前には問題が山積していて、それを一つ一つ解決するしかな い。しかし、一つを解決している間に別の問題が二つくらい山に積まれてしま う。
プロジェクトは切羽つまっており、一時的な休息も許されない。
チーム内に、ソフト開発とはそういうものだという認識が広まっている。この 状況を改善しようとも思わないし、そういう動きに抵抗する。
こうやって比喩的に書けば、「勇気をもっていったん立ち止まり、進むべき方 向を見定めて方向転換すればいいのだ」と簡単に言えるでしょう。しかし実際 にはこれはなかなか難しいことです。「いったん立ち止まる」とは、締切が差 し迫ったプロジェクトで開発をストップすることですし、方向転換とは今まで 進んだ分を放り出して違う方向へ進むことだからです。常に後から追い立てら れている状況でそれができるでしょうか?なかなかできることではありません。
デスマーチが恐しいのはこの悪循環にあります。自分たちが死へ向かっている ことがわかっていながら、前に進むことしか許されていないのです。そして最 後に諦めがやってきます。「どうせ前にしか進めないのなら、玉砕して名誉の 戦死をしよう」と。このように人格崩壊に至ると、むしろ喜んで死の沼へ突進 します。とにかく前へ進むことが喜びに変わるのです。こうして狂人に導かれ て隊はどんどん死へと行進していくのです。
デスマーチと軍隊
デスマーチが本当に恐しいのは、それが洗脳を伴うからです。軍隊で新兵をし ごいて根性を叩き直すのと同じです。軍隊は、人殺しが仕事であり、毎日が殺 すか殺されるかの瀬戸際にあります。まともな精神ではこんな特殊な状況に適 応できません。だから一種の洗脳をほどこして、軍隊の考え方を叩き込むので す。説得や理解ではなく、文字通り「叩き込む」のです。
ソフトウェア開発者も、しばしば洗脳されることがあります。開発者は何日も 徹夜同然で、しばしば会社に泊まり込んで仕事をします。会社は「不夜城」と 呼ばれ、開発者は「企業戦士」であるという自覚が育ってきます。文字通り 「戦士」なのです。この連帯感はまさに軍隊のそれです。なぜこんな生活を続 けられるのかというと、彼らは戦士であり、戦士は通常の市民とは違うからで す。ソフトウェア開発は戦士でなくては勤まらないからであり、逆に戦士であ ることを誇りに思っています。
軍隊式の洗脳と言うのはオーバーにしても、学園祭の準備と言うと共感できる 人も多いのではないでしょうか。学校に泊まり込みで立て看板を書いたり屋台 の台をつくったりして準備するのは、なかなか楽しいものです。そして学園祭 が終わったら楽しい打ち上げが待っています。こんな生活だったら、別に休息 などいらないとさえ思えてきます。
デスマーチで洗脳されると、人は「デスマーチから抜け出そう」という意識を 持てなくなってしまいます。こうした環境について行けない人をどんどんふる い落としながら、ますますデスマーチに向かって進んでいきます。デスマーチ はいったんはまるとなかなか抜け出せない死の沼なのです。
デスマーチと士気
デスマーチが進行すると、そこに適応できない人の士気が低下し、適応できた 人の士気は向上します。この差がトラブルを引き起こします。ハイになった人 にとって、なぜこの期に及んでやる気をなくしている人がいるのかが理解不能 なのです。
冷静に考えれば、士気の低下は当然です。残業続きで休みもロクにとれず、い くら開発してもいっこうに先が見えないからです。士気の低下の一番の理由は 休みがないことではなく、先が見えないことです。そして先が見えない原因は リーダーが近視眼的で、大局的な道筋を示す度量がないからです。「リーダー の無能のせいで自分がこんな苦労をさせられている」と思ってしまうと、士気 はどんどん低下していきます。
デスマーチ的な組織にいると、うまく行くということがありません。「完成し た!やった!」ではなく「はぁ、やっと終わった。今度はもっとうまくやろう」 という体験しかできません。そして、そう思って次のプロジェクトを迎えても、 やっぱりうまく行きません。それが繰り返されると、だんだん自分が嫌になっ てきます。
部下がこんな状態になると、デスマーチに適応している上司は自分なりの方法 で士気を上げようとします。飲みに連れていくとか、ハッパをかけるとか。し かしこんな方法はかえって傷を深めます。部下が欲しいのはそんな精神論では ありません。デスマーチを収束させるための具体的な方策を考えてほしいので す。そんな時に精神論ばかりを唱えても考え方の違いを痛感させるだけです。 結局「この人たちにはまったくついていけない」と辞める原因を作ることにな ります。
「ここで頑張って仕事しても無駄だ」と思われたら、どんな説得も脅しも効を 奏しません。「奴の言うことはデタラメだ」と思われたら、何を言っても本 人の耳には入っていきません。精神論には論理性がありませんから、何を説い ても「体育会系バカが何かわめいている」と思われるだけで、本人の耳には入っ ていきません。
せめて、あまり追い詰めず「価値観が違う」で片付けてあげてください。そう すればせいぜい会社を辞めるくらいで済みます。そうでなければ、おそらく自 殺にまで追い込まれるでしょう。
デスマーチの直接原因
デスマーチの直接的な原因は明らかです。もともと無理なプロジェクトなので す。本来なら、話があった時に「それは無理です。そんな仕事はお請けできま せん」と言うべきなのです。
無理なプロジェクトが走ってしまう第一の原因は、無理かどうかの見極めがで きないことにあります。つまり先を見通す能力の欠如です。あるいは無理かど うかの判定すらしないこともあります。つまり上から言われたことにノーと言 える機会がないということです。
しかし、無理なプロジェクトをすべて断っていたら仕事がなくなってしまうか もしれません。時には無理を承知で引き受けなければならないこともあるでしょ う。こんな時に必要なのは「無理を承知する」ということです。そして、無理 を通すための手立てを考えます。これはただ「頑張る」というだけではありま せん。言葉は悪いですが「妥協する」ということです。
開発者に「無理だ」と言われたプロジェクトに対して「そこを何とかお願いし ます」と言ったとき、「わかりました。なんとかしましょう」とだけ言われた としたら、何かが根本的におかしいことに気がつくべきです。なんとかできる ということはつまり無理ではなかったということです。「わかりました。その かわり……」と何らかの妥協条件がつかなくてはなりません。
まとめ
デスマーチは外から見ていると非常に恐しいものです。「あの人たちは過労で 死にやしないか」とヒヤヒヤします。そして実際に死人すら出ます。しかしそ んな戦場を何度も経験してそれでも脱落しなかった優秀な兵士にとってみれば、 これは日常であり、疑問にすら思いません。「戦場とはそんなものだ」で済ん でしまうところに本当の恐しさがあります。
デスマーチは再生産されます。毎回新入社員をしごいてふるい落とし、デスマー チに耐えられるだけの屈強な男を育て上げます。デスマーチを誇りに思うまで に洗脳された彼らは次の新入社員を自分たちと同じように育て上げます。
この仕組みが回っている限り、デスマーチは止まるわけがありません。旗振り 役の人間には止めようという意思がありませんし、止めようという意思を持っ た人間は旗振り役に昇りつめる前に脱落してしまうからです。