ビジネスプロセスがなぜ問題か
「パソコンで家計簿をつける」という身近な例で考えてみましょう。「パソコ ンの家計簿ソフト」が「ソフトウェア」で、「家計簿をつける」が「ビジネス プロセス」です。つまり、「家計簿をつける」という仕事をするためのソフト ウェアとして「家計簿ソフト」があるわけです。
昔はソフトウェア会社は家計簿ソフトを作るのが仕事でした。そしてユーザー 側も次のようなスタンスでいたのです。
今まで家計簿をノートにつけてたけど月末にいちいち電卓をたたくのが面倒で。 そういうのをパソコンで自動化できたらいいなぁ。
こういうユーザーをここでは便宜的にプロユーザーと呼びましょう。しかし今 は違います。パソコンが普及したおかげで次のようなスタンスのユーザーが 増えてきました。
家計簿ってのをつけると出費が節約できるんでしょ?それ に最近じゃパソコンで簡単にできるって話だし。ノートと鉛筆じゃやる気が起 きないけど、パソコンなら楽しそうだし私もつけてみたいなぁ。
後者は便宜的にアマチュアユーザーと呼びましょう。このようにユーザー層が 変わってきたにも関わらず、ソフトウェアを作る側は従来通り前者のユーザー のことしか考えていない事が多く見受けられます。だからトラブルが起きるの です。
アマチュアユーザーの問題点
プロユーザーに「家計簿ソフトを作ってほしい」と依頼された場合は、そのユー ザーに今までどんな風に家計簿をつけていたのかを聞いてそれをそっくりパ ソコンで置き換えればよかったのです。しかしアマチュアユーザーの場合はそ れができません。そもそも家計簿はつけていなかったのですから。それどころ かユーザー自身が家計簿のつけ方について何も知らないということもありま す。
そんな何も知らないユーザーに従来通り「どんな家計簿ソフトを作ればいいで すか?」と聞いてもまともな答が返ってくるわけはありません。そこで「わか らない」という答が返ってこればまだいいのですが、多くの場合はユーザーが 勝手に家計簿に対して思っているイメージを話し始めます。そしてそれが仕様 になってしまうのです。 この結末は予想がつくでしょう。どうにも使いにくくて役に立たないものがで きてしまうのです。それもそのはず、もともとの仕様が間違っていたのですか ら。
問題の発端は、何も知らないユーザーに「どんな家計簿ソフトを作ればいいで すか?」と聞いたところにあります。そしてついでに言うなら「それは私にも わかりません」という答を認めず [1] 、知ったかぶりの情報を鵜飲みにしたところにあります。 その理由はわかっています。仕様策定は大変な作業だからです。何も知らない 人にこの仕事を押しつけて「お前が言った通りに作ったんだから後はお前の責 任だ」と責任逃れをしたいからです。こんな無責任な態度ではトラブルを招く のも当たり前です。
まず相手がプロユーザーかアマチュアユーザーかを見極めましょう。そしてア マチュアユーザーの場合には相手の言う事に耳を貸さず、まず一緒に プロセスを分析する事から始めましょう。
ビジネスプロセス構築は簡単ではない
ビジネスプロセス構築は難しい作業なのに、何も知らない人から見ると簡単に 見えます。プログラマーはアルファベットの並んだ難しい言語をすらすらと書 いているので何も知らない人にもすごいとわかります。しかしビジネスプロセ スの分析では自分たちにもわかる一見当たり前の事をわざわざ時間をかけて会 議しています。そして会議の最後には「わかった! 家計簿とは出費をその都度 記録しておくものなんだ!」という結論が出ます。そんな当たり前の事をなぜ 何時間も話し合わなければいけないのでしょう?
皆が知っている当たり前の事柄を明確に定義するのは、難しい事柄を定義する より難しい事なのです。例えば「雪とは何だか知っていますか?」と質問すれ ば誰もが「当たり前だろ。俺をバカにするな」と答えるでしょう。しかしそこ で「では雪とは何ですか?」という質問に明快に答えられる人が何人いるでしょ う?
ビジネスプロセスは、できてしまえば当たり前の事に見えます。そしてそれを 作った人が優秀であればあるほど、結果がわかりやすくまとめられるためにか えってそれが簡単な事のように錯覚してしまいます。しかし漠然としたイメー ジを明確にすることは難しい事ですし、それをわかりやすくまとめる事はもっ と難しい事です。これらの作業を軽視しないで下さい。
ビジネスプロセスの構築をしよう
ビジネスプロセスの構築は一見簡単に見えますが実は重要な仕事で、アマチュ アの手にはまかせられない仕事なのです。そしてこの作業を手抜きすると後々 でトラブルの元になります。
しかしこの作業の重要性を正しく認識している人は少ないのが現状です。だか ら作業に対する理解も得られないかもしれません。ここは将来への投資だと思っ て耐えましょう。後でトラブルに巻き込まれないための。
ユーザーが「わかりません」と言うと、多くの開発者は「何を作ったらいいかもわからないではこちらとしても動きようがありません」と返事をします。それはその通りなのですが、わからないものは仕方ないのです。 ↩︎