シナリオにおける約束事の例
次は、シナリオにおける約束事について具体的に見てみよう。ここで述べるのは、 プレイヤー同士で認識のずれが生じやすい事柄についてである。自分では当たり 前だと思っていても実はそうでないことも多々あるから、一度これらの項目につ いて考え直してみてはいかがだろうか。
念のため付け加えておくが、以下に示す例は、どちらが正しいということはなく、 あくまで「見解の相違が生じやすい」ということである。
「PSOの公式設定書や小説ではこうなっている」と公式の設定をそのまま使うに も問題がある。残念ながら彼らの世界設定に関するレベルは高くない。矛盾だら けの設定を自分達も気づかずに使っているのが実際のところである。公式の設定 に固執するのではなく、自分たちで作っていくことが必要である。
転送について
PSO世界では、転送ゲートとリューカー/テレパイプという2つの転送システムが ある。どちらも、よく考えると頭の痛い問題をかかえている。
既に何度も述べてはいるが、リューカーやテレパイプでいつでも帰れるというの はシナリオを破綻に導くことが多い。これがあれば迷子になって帰れない事はあ り得ないし、ケーキ屋さんがこれを使えばいくらでも街から客を呼べるのである。 [1] 筆者の意見では、リューカーとテレパイプは「なかったことにする」というのが シナリオを作る上では一番いいのではないだろうか。
転送ゲートについては、いくつか問題となるポイントがある。問題点を順に説明 していきたい。
最初に、「転送ゲートの行き先はどこにでも設定できるか?」という問題がある。 もし座標指定でどこにでも行けるのなら、森から延々とセントラルドームにまで 行く必要はないはずである。少しゲームの画面とは異なるが、「別の転送ゲート に転送する」と仮定するのがいいのではないだろうか。
次に、「転送の失敗はありえるのか」という問題がある。転送座標が違っていて 例えば地面の中に転送されて即死するという、ウィザードリィでいう「岩の中 にいる」状態になるかどうかだ。街の中に転送する場合にはその座標にうっか り誰かが荷物を置き忘れていないか確認する必要があるし、転送先で目や脳にあ たる位置にハエが飛んでいたら失明や脳障害の危険がある。実際問題として、こ んな危ない装置は誰も使わないだろう。前述のように「別の転送ゲートに転送する」 という設定であれば、例え間違ったゲートに転送されたとしても即死の危険はな い[2] 。というわけで、「別の転送ゲートに転送」説をお勧めする。そして、「ゲー トはたとえ故障しても岩の中に転送されることはない」という設定が妥当だろう。
「転送は双方向なのか」というのも問題である。森1から森2へ行ったときに、ま た森1に帰れるか、という問題である。これは、実際にはできるし、またできる ことにした方がよい。森2へ行ったが最後帰れないなどという状態なら、森2へ行 く人なんて誰もいないだろう。同じ理由で、故障しない限り、来たゲートを使っ てパイオニア2に戻れるという設定が妥当だろう。
実は、転送が双方向だとボスの言い訳には困る。転送した先でとんでもないボス に出会った時に、すぐ引き返すことができるはずだからである。「転送装置を起 動するまでには実際には少し時間がかかる」という設定にするのがいいのではな いだろうか。その間にボスが襲ってくるから戦わなくてはいけない、というわけ だ。
「ゲートの転送先を設定し直すことができるか」という問題もある。仕組みを考 えるとまあ出来なくもないだろうが、そうするとドームに行くのにわざわざ森を 抜ける必然性がなくなってしまう[3]。かといって、できないとシナリオの 幅が狭まってしまうのも事実である。「凄腕のハッカーや特別な技術を持った人 ならできる」というのがいい落とし所だと思われる。
余談になるが、転送ゲートの深い考察については、[ラリィ・ニーヴン「無 常の月」ハヤカワSF文庫]収録の「脳細胞の体操-テレポーテーションの理論と実 際-」が詳しい。
舞台の変化
当然のことだが、同じ所に潜れば天候はいつも変わらないし同じような敵が出る。 これを実際にはどう考えるかで意見の相違が出ることがある。
例えば、森2はいつも雨だ。これを「いつも雨」と見るか「今日はたまたま雨」 と見るかの違いである。また「いつも雨」でも、これを当たり前のことと見るか 何らかの異常と見るかでも違ってくる。これについての認識を一致させておかな いと、「また雨か...何かがおかしい」「あら、昨日は晴れてたわよ?」と話が 食い違ってしまう。
敵の強さもまたしかりである。いつもと同じ敵のはずなのに「今日はなぜか敵が 強い」という設定をよく見かける。もちろんこれで構わないのだが、「いつもと 変わらないじゃないか」という人とで論争になるのは避けたい。なぜなら、本来 は意見が食い違うはずはないのだから。
おそらくこのあたりの事はやりながらなんとなく擦り合わせをしているのが実状 で、それでいいとも言えるが、問題が起きることがあるということは認識が必要 である。
怪我と気絶について
HPが0になると倒れて例の「パイオニア2に戻りますか?」状態になる。これをど う見るかも意見が分かれる所である。つまり、これが「生命の重大な危機」なの か「単にちょっと気絶しただけ」なのかである。
ムーンアトマイザーやリバーサーで簡単に生き返ってしまうため、この状態の重 大性は実際のところよくわからない。レスタの延長のような感じでリバーサーを かける人もいれば、倒れた仲間を前にして「死んじゃいやぁ!」などと叫ぶ人も いる。 また、倒れている時点で話すことができるのかというのも謎である。実際はでき るのだが、話ができるというのは重傷ではないという証拠でもある。これも決め が必要だろう。
同様に、HPが削られた状態をどう見るかも意見が食い違うことである。ブーマに 殴られてHPが半分減った状態が「かすり傷」なのか「重傷」なのかということで ある。それによって、レスタをかける気合いも違ってくる。
HPの定義もあいまいだが、実際には「体の物理的ダメージ」だけではなく、疲れ なども含めた「戦闘能力の減り具合」という意味合いが強いのであろう。殴られ て実際に怪我をしていなくても、ダメージが蓄積してついには倒れてしまうとい うことだ。という仮定に基づくと、HP=0はボクシングでいうノックアウトの状態 なのだろう。この仮定は現実のイメージが湧くのでなかなかわかりやすい線では ないだろうか。
そして、最後に一番問題なのがパイオニア2に戻る羽目になった時である。これ はいったいどういう状態なのだろうか?さすがにこれには頭をかかえてしまう。 全員がHP=0になった時は、さすがにパーティーが全滅なのだろう。救助隊に助け られたということにしてもいいし、本当に死んだことにしてもいい。ただ稀に 隔離された部屋でHP=0になって、誰も助けられなくなることがある。この場合は お手上げだ。特にアイデアがなければなかったことにするのがいいと思われる。
ちなみに、「手元の緊急転送装置が働いて自動的に街に転送された」というよう ないい加減な設定はつけない方がよい。こんな便利なものがあったら誰も困らな いはずだ。
ハンターズ資格について
さて、ハンターズ資格はどうやったら取れるのだろうか?常識的に考えると成人 にしか許可されないような気がするが、それについてはもはや何も言うまい。た だ、「誰でもくれる」のか「試験か何かがあって限られた優秀な人にしかもらえ ない」のかは謎である。キャラ設定で「厳しい試験をくぐり抜けてハンターズに なった」などと書くと、のほほんとした脳天気ハンターに遭遇した時に困るので、 そのあたりは曖昧にしておくのがよい。
「ハンターズにならないと地表への転送ゲートは使えない」と確かシティの中の だれかが言っていたような気がするが、オフラインクエストの依頼を見ていると どうやらそれは形だけのようだ。一応存在はするが実際にはほとんど適用されな いザル法だと解釈するのがよさそうだ。「立ち入り禁止」の看板程度のものだと 解釈しよう。
ボスについて
「今プレイしているキャラが過去にドラゴンに会ったことがあるか」というのは また問題である。「何回も倒したことがある」ということにすると、ドラゴンが どこから湧いてくるのかという悩ましい問題に遭遇する。だが、実際には「ドラ ゴンの肉はうまい」とか様々な噂が流布されている。
「森へは何度も行ったことがあるがドラゴンを見たことはない」という設定が一 般的なように思われる。これだけなら個人的な問題なのでそんなにトラブルは起 きないが、「ドラゴンの存在が報告されているか、あるいは世間に流布され ているか」というのはチーム内で見解の相違があってはならない。つまり「ドー ムの中にドラゴンがいる事は一般に知られているかどうか」である。
もし、特命を帯びたわけでない普通のどこかのハンターズがドラゴンを倒したと すれば、それはありふれた話なわけで、一般に知られないはずはない。そしても しそれが一般に知られているのであれば、ハンターズたるもの知らないはずはな いだろう。とすると、現実的には、ドームの中にドラゴンがいるのは誰もが知っ ているはず、ということになってしまう。
整理してみよう。ボスがどのくらい知られているかについては、次の段階がある。 現在がこれのうちのどれなのかを決める必要がある。
まだ森が詳しく調査されていない段階。森に何があるのかはよく知られておらず、 森のモンスターが凶暴だというのも知られていない。
森は調査されたがドームの中はまだ調査されていない状態。森にはよく行くがドー ムの中には入ったことがない。ドラゴンの存在は一般には知られていない。
ドラゴンの存在が噂になっている状態。まだ見たことはないが、その格好 や居場所、そして味(!?)は一般に知られている。もしくは、一目見たことはある がどうにかして逃げ帰ったことがある。
ドラゴンを倒したことがある状態。ドラゴンはラグオルの不思議な自然作用によっ て復活したらしい。
注意するが、これは各キャラが設定すればいいことではなく、シナリオ全体で 合意をとっておかなくてはならない。もちろんドラゴンのことを知らない間抜け キャラがいてもいいが、その場合は「ドラゴンを知らないのは間抜けハンターだ」 という全体の合意があった上での話である。百戦錬磨のハンターが「ドームの中に は何があるのだろう...」と言った時「あれ?おじちゃんしらないの?どらごんさ んがいるんだよ」という返事が返ってきたとすれば、前者の面目まるつぶれである。
現実には、噂が広まるスピードは非常に速い。同じ状況にある2人のハンターが、 片一方はドラゴンの事を知っていて片方は知らないなどという事は、よっぽど片 方が間抜けでない限りあり得ない。ドラゴンの間に入った時のリアクションに差 を生じさせないためにも事前合意が必要である。
もちろん同じ事は他のボスにも言える。しかし、洞窟や坑道は複数あってもお かしくないはずのものだし[4]、まさか遺跡ボスを何度も倒したことがあるという設定にはしないだろう。こ の問題は森で特に起きやすい。
レーダーについて
画面の右上にはレーダーがあって、各キャラの現在位置が把握できる。さて問題 は「キャラにはこれが見えているのか?」である。
「見える」「見えない」「キャストなら見える」という3パターンがあるだろう。 これをあらかじめ決めておかないと、「逃げる/隠れる」という行為ができなく なってしまう。苦労して隠れたつもりが、「そんなとこに隠れてもレーダーです ぐ分かるよ」と突然言われてしまったら困ってしまう。
「見える」説の中で、「ハンターズはみんな発信機を持っていて、自分の位置が 分かるようにしている」という説をとるかもしれない。これはこれで納得のいく 設定であるし、実際にはおそらくそうするだろう。しかし、これだと行方不明の ハンターも位置だけは分かることになるし、「発信機を投げ捨てる」ということ もできることになる。これはこれで面白い設定である。
SF的設定について
キャラによっては、クローン、サイバー化、精神の保存/改変/移植といった様々 なSF的設定がなされていることがある。もちろんこれは自由であるし、文句を言 うつもりはない。しかし、これらの設定は時として矛盾を引き起こすこともある。
例えば、「携帯コンピュータで情報を閲覧している」キャラの横に「脳が直接デー タベースに接続されている」キャラがいたとしたらどうだろう?あまりにも想定 しているテクノロジーが違いすぎやしないだろうか?「あの時のつらい思い出が まだ蘇えってきてなぁ」という話を「記憶の選択消去処置を受けた」キャラにし ても「そんな記憶消しちゃえば?」と言われるかもしれない。互いに前提として いるものが違いすぎるのである。
一般に、SFでは矛盾のないように非常に綿密に世界設定をする。有名なSF のシリーズ物[5]を読んでみれば、綿密な世界設定とはどういうものなのか がわかるだろう。素人が簡単に作れるいい加減なものではないことだけは確かだ。 勝手に独自の世界設定をつなぎ合わせて世界観の相違が起きないわけがない。
PSO世界にはこうした綿密な世界設定はないのだから、シナリオ提案者が真剣に 考えて綿密なSF設定を作るか、それともそういった面倒な事はしないか、どちら かを選択すべきだ。後者は「今の世界から予想できる以上のSF的なテクノロジー は出さない」ということだ。特に、サイバー化や精神工学、生命工学など倫理に かかわるテクノロジーは慎重に扱う必要がある。
SFをよく知らない人にはわかりづらいかもしれないが「技術は世界を変える」の だ。例えば「脳だけを残して体を機械に入れ変えることができる」のなら、そう したい人はもっと多いはずだし、いつでも戻れるのなら異性のボディに一度入っ てみたいと思う人も少なくないだろう。すると、結婚観や恋愛観も変わらざるを 得なくなる。 もし「脳から直接機械にアクセスできる」のならば、ロビーの中にパネルがあ るわけがないのはもちろん、カウンターに人がわざわざいるはず もないし、銃には引き金もないはずだ。複雑な会話はネットワーク経由でするか ら口ではしないだろうし[6]、総 督の前にわざわざ出向いたりもしないだろう。社会 学的、心理学的に見て現在とは様々な相違が見られるはずだ[7]。
「特別な実験体」というのもありえない。なぜなら技術は普遍なものだか らだ。確かに「脳からデータベースに直接アクセスする」のは彼にしかできな いかもしれないが、「脳から直接テレビのチャンネルを変える」くらいの技術は 既に実用化されているはずである。ある実験的な技術の土台には、それより少し だけ劣っている実用化段階の技術が必ずあるはずなのだ。
こうしたテクノロジーの変化による世界の変化をいろいろ考えると面白いが、少 なくとも各自のキャラ設定を持ち寄ってすぐできるような事ではない。 結論としては、もちろんこうした項目をキャラ設定に折り込むのはいいが、 むやみにプレイ中に出さないようにすべきだ。それが嫌なら、セッションの前に 詳しく設定を話して、他のキャラとの矛盾がないように世界設定を構築しなけれ ばならない。
キャストについて
SF的設定の最たるものが「キャスト」である。これについては「ダメ」とは言え ないのがつらい所だ。そして、各自のキャスト観も多種多様である。 だが、実際には、キャストの様々な特殊項目は個性の範囲で片付けられるもので あり、問題はあまり噴出しない。ただし「特殊な機能」と「精神的な問題」には 考慮する必要がある。
「特殊な機能」でよく問題となるのが、「性能のいいセンサ」である。「遭難し た人の捜索」シナリオに「長距離生命センサ」を持ったキャストがいれば、問題 は一挙に解決してしまう。一般に、問題を簡単に解決しすぎるのはよくない事で あり、せいぜい「隠れたトラップが発見できる」くらいにして、人間離れした機 能は少ない方がよい。
「精神的な問題」とは、キャストの精神に関する問題である。例えば、キャスト の精神はコピーできるのだろうか?だとしたら、キャストは自己の破壊は恐れな いだろうか?あるいは、キャストに性別はあるのだろうか?単に外見が違うだけ で中身は一緒なのだろうか?本来、キャストに恋愛感情などという不要なものは ないはずである。しかし、そうなのだろうか?実は考え出すときりがないし、ア ジモフなどSFの巨匠が長年取り組んできた重要テーマでもある。これは我々がロー ルプレイで取り組むには荷が重すぎる。
もちろん、キャラが個人的に自分の精神面を追及するロールプレイをするのはよ い。しかし、それをすべてのキャラで通用する一般論にしようとすると問題が生 じてくる。こういう一般論はSFシリーズを何冊も書いてはじめて表現で きるほど奥の深いはずのものなのである。それをやろうとするのは構わないが、 奥の深さは認識しておいてほしい。
キャストについてもう一つよく分からないことに「社会的地位」がある。キャス トと人間は法律的には同等なのだろうか?違うのだろうか?そもそも製造費用は だれが出したのだろう?キャストにはアジモフのロボット三原則が適用されるだ ろうか?キャストと単なる機械との線引きはどこでなされるのだろうか?こうし た問題は、クエストでも矛盾だらけで統一がとれていない。
かといって、これらの問題をいちいち事前に決めておくなどという事はできない。 対処法としては、各人のネタを尊重するということに尽きるだろう。
念のため方法を書いておくと、ケーキ屋の店員のだれかが店の前でリューカーを使い、「街の○○色のゲートをくぐってお越し下さい」と宣伝すればいいのだ。自分が通りさえしなければゲートが消える心配はない。 ↩︎
転送先にも同じような転送ゲートがあるなら、同時にお互いの空間の内容物を相手方に転送することで、同じ空間に2つの物体が出現することを防ぐことができる。つまり、2つのゲートの中身がそっくり入れ変わるというわけだ。ただ、転送ゲートの外に物がはみ出していると、そこですっぱりと切断されてしまうことになる。おそらく、ゲートの下から上に出ている光は、転送範囲を知らせると共に物体がその線上にないことを検出しているのだろう。 ↩︎
「キャラはドームへ何度も行ったことがある」という仮定の上での話である ↩︎
実際、坑道が本来の坑道として使われることはあまりなく、どこかの工場とか研究施設というような設定になることが多い ↩︎
ニーヴンのノウンスペースやヴァーリーの八世界、あるいはアジモフのファウンデーションシリーズやギブスンのスプロール三部作など、挙げればきりがない ↩︎
今ですら、横の人に「この話は混み入っているからまとめて電子メールで送ります」なんて言うことはないだろうか? ↩︎
ヴァーリーの八世界シリーズは、技術が人間の倫理観や社会観を変えるというよい例だ ↩︎