友情
ドラ: あ、あぶないところを、ありがとうございました!
ガートは初めて彼の声を聞いた。親しみの持てる声だ。キャストの声は大きく3つのパターンに分けられる。強さを感じさせる声、親しみを感じさせる声、そして冷たさを感じさせる声である。そしてそれは、最初からプログラムされていることもあるが、日々の生活、それも人間関係によって徐々に調整されるものである。彼は、顔で人の性格と立場を判断するように、声で目の前のキャストを判断しようとした。
ドラ: あなたは命の恩人ですぅ!
ガート: いやいや、困ったときはお互い様だよ
ドラ: ああ、なんと大きな方か‥
ガートは苦笑した。キャストには、人間を過剰に敬愛し自分を人間の下に置くような者が多い。法律的にはとっくに人間と同様なのであるが。しかし、本来ならキャストに限らず優れた人格者ならそう振舞うだろう。恥ずべきは人間の方である。
ドラ: あ、申し遅れました。僕、医療介護ロボットのドラエム・オンと申します。以後お見知りおきを
ガート: わかった。僕のことはガートと呼んでくれたまえ
ドラ: ガート様ですね
ガート: 様なんかいいよ
彼自身は全然人間とキャストの差など意識していないつもりである。「よう、ガート」と呼びかけてくれた方がどんなに気が楽か。そもそも人にかしずかれるのには慣れていない。自分はそんなに偉くも素晴らしくもない。そして、そう考えながらも悪い気がしない自分もまた嫌いだ。
ガート: ところで、医療介護ロボットなんかがなんでまたこんなとこに?
ドラ: 実はその‥なんといいますか‥同居人のわがまま‥あ、いや、異常な食欲‥もとい、おかしな性癖‥あ、いやその‥‥
ドラは下を向いた。声もだんだん細くなっていく。ガートは、話の内容ではなく様子に興味を持って聞いていた。もともと、相手の仕事にそんなに興味があるわけではない。でも、キャストの動作からにじみ出る、いかにも困ったような雰囲気は見ていて面白い。意味はさっぱり分からないが、どうやら深刻な話ではないらしい。
ドラ: あれ?
突然、ドラは部屋の奥の扉に目をやった。ガートがつられて振り向くと、扉が閉まるところだった。
ドラ: 今だれか通りませんでしたか?
ガートは通るところは見なかったが、さっきすれ違った二人だろう。
ガート: さっき来る時にも見かけたよ。
ドラはガートに向き直った。人が通りかかったおかげで話が横にそれたこと、それが好都合だったらしい。ドラの顔は下ではなくガートを向いていた。
ドラ: あの、もしよろしかったらご一緒させて頂いてかまいませんか
ガート: 僕はいいけど、その前に目的を教えてほしいな。実はライバル同士だった、なんてのは嫌だからね。
ガートは眉を上げてにやりと笑った。もちろん、彼の目的はもともと大したことがない。おそらく、ドラの目的がなんであろうと彼とは関係ない。しかし、彼はドラが口ごもる真の目的を知りたかった。いや、本当のところはそうではない。彼は、ドラの困る様が見たかったのである。そして、ドラに対する自分の優位性を確保したかったのだ。
ドラ: …そ、それはたぶんないと思います。何しろ今回の僕の目的は、普通の精神の持ち主なら絶対依頼しないような仕事なんですよ。
ガート: 信用しろって?内容はまったく言えないのかい?
ドラ: み、身内の恥なので…。
ガート: うーん、怪しいなぁ…
ガートはこの時点で満足だった。ドラが自分に対して負い目を感じている、このことが彼を安心させた。彼は内心、ドラが本当のことを打ち明けないだろうかと心配していた。だから、ドラが話を変えたときにほっとしたのである。
ドラ: あ、そ、それよりも! 先ほどの方々の目的はなんでしょう!?あの方たちともご一緒できないですかね?
ガート: さぁ…。でも、さっき通った時はなんだかカップルみたいだったかな。二人で話込んでたから
ドラ: …アンドロイドと人間だったような気がしますが。それでカップルというのはちょっと珍しいですね?
ガート: だめだめ、そんなことを言ってちゃ時代遅れだよ?
そう言うと、ガートは歩き出した。さっき誰かが通った扉に向かって。