神愛と性愛
地下への階段を見つけ、急いでかけ降りるランディ。彼のスピードは戦闘に不慣れな者にはついていけなかった。
ウォン: ランランさんはもう少し心にゆとりを持つべきですねえ…
アスタシア: ゆとりのない心はサタンの格好の餌食です。そうですよね。神父さま
ウォン: そんなあなたにホーリーエムブレム
ウォン: どうですか、10万メセタのところを、今回は特別12万メセタで!
ストライク: なんでだ……
ランディ: 高くなってるだろう
ウォン: 神のお導きです‥ ああ、いってしまわれた
戦闘中に漫才につき合っている余裕はない。戦闘のプロはそうしたものである。
アスタシア: こ、この紋章は!?
床一面、奇妙な文字と模様が書いてある。今までのように無秩序にびっしりと書かれているものではなく、幾何学的な配置になっている。この模様は他とは違う、そう素人でも一目で分かるほどの奇怪な模様である。
ランディ: チラチラしてるな
ウォン: なんとまがまがしい。目が腐ってしまいそうです
アスタシア: こんなラクガキをよくもまあ… なんだか邪悪なオーラまで感じます
ウォン: やはり悪魔召喚の魔法陣に違いありませんね
ウォン神父は床に描かれた線をたどって歩きながらこう言った。
アスタシア: あ、悪魔!?じゃ、もしかしたら、この先本当に悪魔が…
ウォン: そんなことを考えてはなりませんよ。神は我々の全てを理解なさっておられます
ストライク: 意味が解らん……この時勢に悪魔なんて……いるわけねぇだろ……
ウォン: ああ、なんと言う事! やはり入信して頂きます
ストライク: いやだ……
ウォン: な、即答とは‥ 神よ、この者に光あれ…
アスタシア: こらぁ、スト! いくら神様の愛が無限だからといって、神を試すのはよくないわよ
アスタシアはこう言った。両手を固く握りしめて、腕を下に真っ直に延ばして。腕に力が入っているのは、右手に持ったセプターの先が小刻みに揺れているのからもよく分かる。さすがのストライクも一瞬、半歩後ずさった。
そんな二人を見比べて、神父は言った。
ウォン: さっきから不思議でしたのですが、あなた方はどういう関係なのですか?どうやら知り合いのようですが
アスタシア: わたしとストライク?い、いやまぁ、ねぇ‥
ウォン: 何とか言ってください
アスタシア: ストライク、なんとか言いなさいよ
ストライクはこう言われると、慌てて後を向いてしまった。耳のあたりが少し赤い。
ランディ: ほほぉ
アスタシア: やだ、この人ったら
ウォン: 何なんですか、この若者は
アスタシア: なんだかワケわかんないでしょー。わたしもさっぱりワケわかんないのよ
興味津々で聞いていたランディとウォン神父は、急に自分達がばかばかしくなった。犬も食わないタイプの喧嘩、そういったものは確かにあるのだ。
ウォン: 若い二人は放っておいて私らは参りますか‥
アスタシア: ち、ちょっと、おいてかないでー
ウォン: 無視無視
一行は長い通路へ出た。通路を歩いている間、アスタシアは左右を見回している。やがて適当な台を見つけると、ちょこんと腰かけた。
アスタシア: ふ、ふぅ
ストライク: 疲れたか……?
アスタシア: ちょっとね
ストライク: 無理……するなよ…
アスタシア: でも、神様が見てるんだから頑張らなくっちゃ
ウォン神父はそっとストライクの横へすべり込むと、彼の耳に口を寄せてこう言った。
ウォン: ガッといってグッですよ! さあもう一押し!
ストライク: 阿呆か……
ウォン: ごふ
ウォンの脇腹にストライクのひじがクリーンヒット! 日頃、常に戦闘訓練を続けている彼には、急所以外の所に当てることはよほど注意しないと不可能なのである。
ウォン: か…神よ…
アスタシア: ちょっと、スト! なんてことするのよ!
ストライク: さあな
アスタシア: こら、スト、待ちなさい
ウォン: ふっ、まだまだ若いですね… 若さ故の誤ちでしょう‥
既に通路の向こうの扉を開けたランディは、こんな彼らに声をかけた。
ランディ: グズグズしてると置いていくぞ
奇襲効果は徐々に薄れ、相手も戦闘準備を整えたようである。長槍、二節棍、三節棍などの武器を手に、鍛え上げた筋肉が次々に襲ってくる。相手も戦闘訓練は欠かしていないようだ。
そんな相手の腹にストライクが刀の柄で最後の一発を叩き込んだ。そして、あたりに静寂が訪れた。
ウォン: ふぅ…神がご加護を下さいましたね
アスタシア: はい、神に感謝します
ウォン: 良いことです
アスタシア: ほら、スト! あなたも感謝なさい!
ストライク: ……
アスタシア: わかってるわ。あなたのことだから口には出さないけど心の中では…でしょ?
ストライク: 断じて違う…
アスタシア: ま、そうやってムキになって否定するとこもあなたらしいわ。でも大丈夫。神はあなたのこともちゃんと気にかけていてくれます
ウォン: ええ、神は見境ありません、いや、分け隔てありません
ストライク: 気にしないでいい
ウォン: 何度も言いますがガッといってグッです。女性は気まぐれですよ。ちゃんと捕まえておかないと…
すかさずウォン神父の頭に刀の柄が。
ストライク: ゴスッ
頭を抱えてうずくまるウォン神父
ウォン: か…神よ。哀れな若者に愛の手を…
そしてそんな会話を中断させたのは、ストライクの腹から出たこの音であった。
ストライク: ぐうーーー
ストライク: ……
アスタシア: ここまで聞こえたわよ。でも、あいにく今日はお弁当なんか持ってきてないわ
ランディ: シティに一度戻るか?
ストライク: いやいい
ウォン: おなかが減っては何もできません。とっとと邪教を叩き潰して帰りましょう
アスタシア: 神様にちゃんと祈れば空からパンが‥
ランディ: 降ってこないよ
と言っている間に、ストライクはポケットからビスケットを取り出してもしゃもしゃと食べ始めた。
アスタシア: って、ちゃんと持ってるんじゃない。準備いいこと…
ストライク: 当たり前だ……
ウォン: それもまた神のお導きです
アスタシア: へぇー。さすが、神様って素晴しいのね
ストライクは何も言わずビスケットの残りの一枚をぽいっと口に放り込むと、視線を一行の顔の方に移した。
ウォン神父はアスタシアに近寄ってこう耳打ちした。
ウォン: この男、もう少し甲斐性を求めた方がいいですよ
アスタシア: もういいのよ、あきらめてるわ。すべては神のお導き、でしょ?
ウォン: ああ‥神よ、この哀れな若者達に導きを
アスタシア: あぁ、神よ、わたしにあなたの無限の愛を、そして願わくばこの世のちょこっとの愛を
ウォン: と言っておりますよ、彼女
ストライク: さあな……
ウォン: 煮え切りませんね。経験豊富そうなランランさんは如何にすべきだとお考えになりますか?
ランディ: とにかく進むか。それからだ。
と、さっさと大広間から次の戸口へ歩いていくランディ。
ウォン: ああ! 無視とは! 神よ…この世はなんと厳しいのでしょう
アスタシア: ふぅ、神殿、もうすぐでしょうか?
ふと立ち止まってこう言った彼女、実に鋭いカンの持ち主である。一行は知らないが、事実、神殿はすぐそこだったのである。
ウォン: ええ、おそらく
アスタシア: もう、こんなとこはうんざり
ウォン: ええ、なんとしても叩き潰さねば
この部屋はうす暗く、香がたち込め、壁には仏像が何体も置かれていた。遠くからかすかに木魚の音とそれに合わせた念仏が聞こえてくる。お世辞にも気分が高揚するような雰囲気ではない。
アスタシア: まったくもう、なんてセンスしてるのかしら。邪教にしてももう少しはセンス持ちなさいよね
ウォン: なにしろ邪教ですから、センスのカケラもないのでしょう
アスタシア: ま、邪教だからしょうがないっかぁー
だんだん、銅鑼や鐘の音が混じってきて、それに合わせて念仏の声も大きくなってきた。
ストライク: どうでもいいが……念仏、やたらでかくなってきてるぞ……
ウォン: おぞましい。早く叩き潰さねば
ストライク: ……うるさい
ストライクはそう言うと、ポケットからこっそり耳栓を取り出した。自分の耳にはめる。
アスタシア: あ、頭が痛い。神様助けてー
突然、アスタシアが頭をかかえてうずくまった。駆けよるストライク。ポケットからもう一対の耳栓を取り出すと、彼女の後ろからそっと両の耳にはめる。後ろで見ていたウォン神父もうんうんとうなずく。
アスタシア: あ、ありがと… わたし、どうしてた?
ストライク: さあな
一足先に奥を確かめていたランディが、大きな扉を見つけた。
ランディ: ここがラストか
ウォン: とりあえず叩き潰しましょう
一行が開けた扉のその先は…