MMORPGは何をするゲームか

MMORPGのマナーについて。

今回はリクエストをいただいたので、いつもの前書きをすっ飛ばして本題に入る。「MMORPGにおけるPK(プレイヤーキラー)について語る」というのが今回の内容だ。

PKという行為は日本ではとかく嫌われがちだが、これはできなくなるようにするのは簡単なはずなので、必要悪ではなくわざとそうしていると考えられる。だとすると、メーカーは「PKを楽しんでください」と言っているわけだ。だとすると、MMORPGがPKをするのは、対戦格闘ゲームで相手を倒すのと同様に普通のことである。考えるべきは、「なぜPKを嫌う人がいるんだろう」という問題である。

なお、ここではバグや不具合や裏技的なPKは考えないこととする。それから、システムの問題(これから作るゲームにPKを入れるべきかどうか)は考えずにマナーとしての問題(既存のゲームでPKをしてもいいか)だけを考える。平たく言えば、ルールが破綻しているようなクソゲーのことは考えないということだ。(MMORPGのほとんどは以下のように見るとルールが破綻しているのだが)


問題は「MMORPGとは何をするゲームか」というところにかかってくる。MMORPG を「プレイヤーが中世ファンタジー世界で生き抜くゲームだ」とすると、ゲームはログインした時からもう始まっている。街を歩くのも野外を歩くのも変わりない。MMORPGとは、野外を歩いてモンスターを退治するゲームだし、街を歩いて喧嘩をふっかけてきたごろつきやスリを返り討ちにするゲームだ。街の人間をいきなり襲って金品を奪うのもゲームだ。

もちろん、人様の金品を奪うのは「悪いこと」だ。しかし、これはゲームだ。ゲームに現実のモラルは通用しない。泥棒や人殺しをやってはいけないのであればグランドセフトオートもボナンザブラザーズもやってはいけないことになってしまう。ゲームはルールがすべてで、ルールでしていいことは何だってしていい。人殺しをすると街の人が怒って追いかけてくるかもしれないが、そこからうまく逃げるのも含めてゲームなのである。

マナーというのはルールで決めていない事柄について言うものだ。将棋で対戦相手に一礼をするのはマナーだ。将棋のルールにはそんなことはどこにも書いていないからである。それに対して、ルールに書いてあるならばいくら飛車がタダ取りでもボロ負けに追い討ちでも容赦なく相手の駒は取ってよい。いや、取るべきだ。指導対局のような特殊な状況なら別だが、手加減をするのは相手にとって失礼だ。

では、MMORPGでルールとは何かというと、ゲームでできることとできないことすべてだ。明文化されてはいないが、プレイヤーがいろいろ試してみてできればそれはルールとして許可されているのであり、できなければルールとして禁止されているということだ。プレイヤーはログインした時から始まり、そこでする行動はすべてゲームであり、ログアウトするまで一瞬も気が抜けない、そんなゲームなのだ。


これでPKに関する違和感の原因はわかった。MMORPGにはマナーが存在しないのだ。マナーとは「ゲームのルールにはないが、ゲームを円滑に楽しく遊ぶためにすること」である。しかし、MMORPGではルールにないことは実行できない。だからマナーは存在できない。MMORPGでその行為ができるというのはルールだから肯定されるべきだ。つまり、MMORPGにおけるすべての行為は肯定される。

なお、ここで「肯定される」というのは「実行してもいい」という意味、より正確に言うと「実行してはいけないというわけではない」という意味であり、「実行するべきだ」という意味ではない。ゲームはどんな手でも実行していいのだが、一番いい手を実行すべきだ。ここでは「ルール違反ではない」という意味だけに使っている。

例えば、一緒に冒険する相手に「よろしくお願いします」と挨拶するのはマナーではなくゲームだ。普通のRPGで宿屋の隅にいる人に話しかけたら次のような画面が出たと仮定してみよう。なお、下の3行はプレイヤーがカーソルで選べる選択肢だ。

アーサー:「やあ、君は冒険者だろ?僕も連れてってくれないかなぁ?僕は治療師だから役に立つと思うよ」

  1. よろしくお願いします
  2. ご好意はありがたいのですが、仲間はもういりません
  3. 俺と一緒に行きたいだと?よし、お前が500G払うんなら連れていってやる

一緒に冒険する相手に「よろしくお願いします」と言うのは、上の状況で1番を選択したことに相当する。これはマナーではなくゲームのうちだ。


もしかしたら、「ただのコンピュータがやっているNPCと、本物の人間がやっているPCを一緒にするな」と言う人がいるかもしれない。しかしこれはゲームとして見た場合には区別されるべきではない。なぜなら、RPGでのコンピュータは人間の代わりをしているのであって、人間とは全く違った何かをやっているわけではないからだ。

RPGというのは本来は人同士でやるものであって、一人でやるものではない。それをコンピュータにやらせたのがコンピュータRPGである。将棋ソフトで相手がコンピュータであっても人間であっても本質は変わらないように、キャラクターを操るのが人間であろうがコンピュータであろうが本質は変わらない。

MMORPGでは、ゲーム中にキャラクターがとるすべての行動はゲームの「手」だ。ゲームの目的は強くなること(やそのゲームで定められた何か)であり、すべての行動はその目的のために実行されるべきものである。キャラクターのすべての行動や発言はキャラクターのものであり、それはキャラクターが一番目的を達成しやすくなるような行動をプレイヤーが選んだものである。キャラクターが言ったことはプレイヤーが言ったことではないし、キャラクターが泥棒をしたからといってそれはプレイヤーが泥棒をしたことにはならない。両者は別物なのである。

だから、もし相手が自分に対して挨拶もしないで感じ悪いと思ったら、それは「マナーがなっていない」のではなく「良くない行動を選択している」ということだ。ピンチの時に回復魔法をかけ損ねたり、火の耐性がある敵にファイヤーボールを撃ち込む行動と同様に「良くない」のである。そしてゲームでは結果がすべてなので、悪い結果にならなければそれは成功したということである。つまり、あなたが挨拶もしない相手を拒否しなければ、それは挨拶をしないという行動が悪い結果に結びつかなかったということであり、「ああよかったな」で済んでしまう話である。


と、とりあえず理想論を述べたが、現実にはそうではない。MMORPGをすべてゲームだなんて思っている人はほとんどいない。だから問題がこじれるのだ。

今までの話が納得いかないのであれば、こう考えてほしい。もしMMORPGを実際にボード上で顔をつき合わせてやるとしたらどうなるか。まずプレイヤーが「やあこんにちは」と挨拶しながらテーブルの回りに着席する。そして「そろそろ始めましょうか」「よろしくお願いします」と言ってボード上に駒を並べる。ここからプレイが始まる。「グレッグ(というキャラクター)はアーサー(というキャラクター)に向かって『俺と一緒に行きたいだと?よし、お前が500G払うんなら連れていってやる』と言います」と行動宣言し、他のプレイヤーはそれに対して「アーサーはそれに答えて『は?俺はお前のためを思って言ってやったのに。俺が金をもらう方じゃないか』と言います」と行動宣言する。キャラクターは喧嘩腰になっているが、プレイヤー同士が喧嘩しているわけではない。プレイヤー同士は「おっ、そう返すか。なかなか考えたなぁ」とか何とか言いながらなごやかにゲームをする。

ロビーで仲間を募って固定パーティーで冒険に出るタイプのMORPGはこんな感じだ。ロビーは上でいう「やあこんにちは」とか「よろしくお願いします」と言う場であり、固定パーティーが組まれて洞窟かどこかに入ってから初めてゲームが始まる。そしてゲーム中は「手分けして探そう。俺は左に行く」とか「敵を一箇所に集めてくれたらファイアーボールを撃つよ」というようにゲームに関係のある事しか言わない。ゲームが終わってロビーに戻ってきてから「あー面白かった。つき合ってくれてありがとう」とお礼を言う。これが素直なRPG のありかただ。

MMORPGが問題なのは、ゲーム以外の通信手段が提供されていないことである。ロビーが存在せずすべてがゲームフィールドだから、キャラクターではなくプレイヤー同士が話すことができない。チャット機能がついていないネット対戦将棋のようなものだ。マッチングサービスで知らない相手と勝手に対戦が組まれ、相手の駒の動きしか知ることができないし自分は駒を動かすことしかできない。そんなゲームにマナーもなにもあるわけがない。マナー違反の行為はやろうにもやることができない。


MMORPGをするなら、せめて「プレイヤーの行動」と「キャラクターの行動」を分けて考えなくてはならない。プレイヤーの行動はゲームとは関係なくプレイヤーが行ったことで、キャラクターの行動とはキャラクターがしたゲームに関係がある行動のことだ。

プレイヤーの行動はゲームとは関係がないので、何を言ってもゲーム内の事象に影響させるべきではない。将棋では、いくら礼儀正しい人だからといって勝手に持駒の飛車をあげたりしてはいけない。「プレイヤーが感じのいい人だからキャラクターはパーティーを組む」のはプレイヤーの行動がゲーム内の事象に影響してしまっている例だ。正しくは「プレイヤーが感じのいい人だから一緒に遊ぶ」である。前者と後者には微妙な違いがある。

本来なら、ゲームシステムでプレイヤーの行動とキャラクターの行動を分けることができないといけない。現状ではそうなっていないのだから、「すべての行動はキャラクターの行動である」ととられがちである。しかしゲームではプレイヤーとしての行動ができないと不便だ。これはマナーではなくゲームシステムの問題である。

ゲームでは結果がすべてだ。キャラクターの行動はすべて結果が良かったかどうかだけで判断される。人殺しをするのもゲーム、そいつを皆でタコ殴りにして返り討ちにするのもゲーム、そして人殺しは割に合わないからやめようと思うのもゲームだ。もし人殺しが割に合うのなら、それはゲーム上正当化される。それが嫌ならそんなクソゲーはやるな。相手に文句を言うのではなく、ゲームのルールに文句を言わなければならない。

MMORPGのパワーはそこに多数のプレイヤーがいることだ。多数のプレイヤーの総意があれば事態は動かすことができる。PKをやめさせようと思う人が多いのなら、PKをする人を積極的にやっつけることでPKはやめさせることができる。逆に、キャラクターが行動しないということはその行為を肯定したということだ。ゲーム以外の場所で何を言っても、プレイヤー発言で何を言ってもそれはゲームの中に反映させるべきではない。

現実には、「すべての行動はプレイヤーの行動である」という認識にある人が一番多いのではなかろうか。こんな認識になってしまうと、MMORPGはゲームではなくただのチャットソフトになってしまう。RPGでは戦闘シーンだけがゲームなのではない。キャラクターの言うことやすることは皆ゲームなのである。


結論。MMORPGにはマナーは存在しない。目に余る行為を黙って見ているなら、それは結果的にその行為を肯定することになる。MMORPGでは行動と結果がすべてだ。

逆に、マナーが存在しないのがMMORPGの醍醐味だ。文字通り何をしてもいいゲームなのである。そんな中で本当に秩序だった社会にできるのか、そうした壮大な社会実験も兼ねている。

こう考えると、PKはその世界に秩序を作るには必要不可欠なシステムである。PKがなければ、目に余る行為に対してはせいぜい文句を言うことしかできない。これでは「見ているだけで何もできない」と等価だ。PKがあれば、そいつを叩き殺すことで実際に抑止することができる。プレイヤーが自分たちで状況を変えることができるようになる。ゲーム内世界に秩序をもたらすにはPKは必然なのである。

しかし、残念ながら実際にほとんどの人がMMORPGがゲームだとは思っていない。とすると今まで言ってきたことはすべて無駄である。誰かが勝手に通信を切断できるような仕様のチャットソフトだったり、作ったページを誰かが勝手に消すことのできるブログソフトだったりしたらそりゃ怒るよなぁ。

とにかく、ここでの結論は「PKはRPGにおいて生まれるべくして生まれた」というものである。それが今のMMORPGにも必要なのかどうかはここでの論議から外れる。