ゲーム脳とは何だったか

懺悔、お詫びと訂正

まずは自戒を込めていきさつをお話しします。このページで「ゲーム脳」についてのコラムを書きましたが、この話の原著となる「ゲーム脳の恐怖」という本は全く読んでおりませんでした。ここで以前書いていたのは、インターネット上に散見された断片的な情報の寄せ集めを元に判断したものです。

今回、本屋で原著を見つけ、読みました。その後で全面的に改稿したものです。原著にあたらずいい加減に書いたことを反省しております。


今さらながら「ゲーム脳の恐怖」という本を読んだ。それでわかった。これはトンデモ本の部類だ。まえがきから既にその臭いがプンプンする。どこがトンデモ的なのかは「ゲーム脳の恐怖」の恐怖に書くとして、この本の内容を冷静に分析してみることにする。ただし、この本をいかにもトンデモ本っぽくしている部分は無視することにする。


まず、脳のα波とβ波について考えてみよう。以前の稿でも書いたように、今までたいていβ波は悪者扱いされてきた。β波が多く出ているのはイライラした状態であり、それを抑えてα波が出るようになればリラックスできて記憶力・集中力が高まるといった話である。α波が出るようになる装置とかβ波を抑える音楽とかいった怪しげなものが多数出ていた。この本で言う「β波よりα波が多いのは悪い状態だ」というのは、(トンデモ本的には)実はかなり異端の理論である。

β波が出ない状態というのは心がリラックスしていて一つのことに集中できている状態である。この本では「β波が出ない状態は痴呆老人と同じ」とあるが、その通り。痴呆老人はいつもリラックス、言い換えればボーッとしている状態だ。そして普通の人でもボーッとしている時にはα波が優勢になる。

本では、健常者と痴呆老人で、安静時と作業中の例が示されている。痴呆老人も健常者の安静時もパターンは同じでα波が優勢である。しかし作業(会話)が始まると違いが出てくる。健常者はβ波が出るのに対して、痴呆老人はα波が出っ放しだ。つまり健常者はボーッとしていても会話が始まると脳が起きるが、痴呆老人は会話中もボーッとしているということだ。よく考えれば当たり前のことである。

とりあえず第一の結論。人はボーッとしているときにα波が出る。そして痴呆老人はいつもボーッとしている。ここまでは正しいとしよう。


まずテトリスを未経験者とゲーマーにやらせて実験した。その結果、次のようになった。

ゲームをまったくやった事のない人
最初から最後までβ波が優勢 ゲームをほとんどやった事のない人
ゲームをやる前はβ波が優勢であるが、ゲーム中は少し下がる ゲームが好きな人
ゲームをやる前からβ波が低く、ゲーム中はほとんど出ていない ゲーマー
ゲームをやる前からβ波はほとんど出ていない

ゲームが「テトリス」であるということに注意してほしい。ほとんどの人がその画面を見たことがあるだろうし、おそらくゲームをやる人ならほとんどの人がやったことがあるだろう。このゲームを知らない人は「いったい何をさせられるんだろう?」と緊張するのももっともだし、知っている人は「なんだ、テトリスか」と安心するのもありがちだ。

そしてテトリスは(以前書いたように)目から手への条件反射のゲームだ。というのはテトリスをある程度やり込んだ人ならおわかりだろう。このゲームは最初は考えながらブロックを動かす。着地点をあれやこれや探しながら、ブロックをくるくる回しながら。しかしある程度慣れるとそんな事はしなくなる。どこに置くべきかを一瞬で判断し、必要最小限の操作しかしない。回転に必要な回数だけボタンを押し、横に移動すべき回数だけカッカッとレバーを動かす。

ゲームに慣れていない人はこのゲームを考えながらやるが、ゲームに慣れた人はこのゲームをこなすための神経回路ができてしまっているので、もはや前頭前野の出番はない。だからβ波は出ない。これはテトリスをやり込んだ人は身をもって体験していることだろう。テトリスではあるレベル以上になると考えている暇などない。

そして、ゲーム脳の一番の問題点は、ゲームが終わってもβ波が出ない状態が続くということである。本当にβ波が出ないのが問題なのかどうかという疑問を除けば、まあそういうことらしい。


本では4つのタイプのゲームで実験をしている。テトリス、格闘ゲーム、ホラー系RPG(30時間くらいで解けるものって何だろう)、そしてDDR(「ダンスゲーム」と書いてあるが、まさかステステではあるまい)の4つである。

DDRではゲーム中は一時的にα波が優勢になるが、ゲームが終わると回復する。これはまさにダンスの効果である。リズムにノっている時にはβ波よりα波が優勢になるのだろう。そして、ゲームをした後にはゲーム前よりβ波が上がっているのである。これは運動の成果である。つまり、普段からβ波が出ないゲーム脳の人間でも、DDRをやるとβ波が出るようになるというわけである。

格闘ゲームでは2人の被験者の例がのっているがこれがまた興味深い。一方は安静時とほとんど同じであるが、もう一人ではほとんどβ波がない中でときおりピクッとβ波が活動している。

ホラーRPGでは逆で、ゲーム中にβ波が出る。それをこの本では「ストレスがかかった状態であり逆によくない」と言っている。まあそれはその通りだろう。そしてもう一つ興味深い事実として、同じゲームを何回もクリアするとだんだんβ波の割合が低くなってくる。これもなんとなくわかる。RPGの二周目以降は単純作業以外の何物でもない。


結局、結論はどうなったのかというと、β波を出なくするゲームと逆に出すゲームと二種類あるということである。本でもそう言っているし、「DDRなんかは逆に脳に良いかもしれない」と書いてある。知らない人はよく「テレビゲーム」で一くくりにしてしまうが、テトリスとRPGとDDRを一緒くたにして論じるにはやはり無理がありすぎる。

さて、結局のところα波とβ波は何だったか。それは本書の真中あたりに書いてある。目や手からの感覚を処理する時に出てくるのがα波だそうだ。そしてβ波はあれこれ考え事をしている時に出る脳波である。これで今までの事実が明快につながる。テトリスや目からの情報をもとに素早く単純作業をするゲームだ。あれこれ考えている暇はなく、したがってβ波は出ない。しかしテトリスの素人はそこまでうまくなっていないから、ブロックを動かしたりぐるぐる回したりしてどこに置いたらよいかをあれこれ考える。だからβ波が出る。RPGは一周目はあれこれ考えたりストーリーを楽しんだりするからいろいろ考えることがあり、何周もすると単純作業になってしまう。

要するに、ゲーム脳でない人はゲームに慣れていないからリラックスしてゲームをすることができないということだ。そしてゲームに慣れると目からの情報によって手が反射的に動くようになる。それができるようになった人をゲーム脳と呼ぶ。


テトリスや格闘ゲームには考えるような要素はあまりない。いや、正確に言うなら「ゲーム中には」とつけるべきである。その証拠に、読書でも本を読んでいる間はβ波は出ない。本を読むのを一時中断してあれこれ考える時にβ波が出る。おそらく格闘ゲームでもゲームの手を止めて連続技のつなぎをあれこれ考えていればβ波が出るだろう。

「ゲームをやると反射神経がアップする」とか「パズルゲームを繰り返せば頭の回転が良くなる」というのは間違いである。テトリスをやれば確かにブロックを穴に入れる反射神経はアップするかもしれないが、それ以外の事には役に立たない。同様に、ブロックを穴に入れるための思考は速くなるがそれ以外の頭の回転が良くなるわけではない。「ものを考える力」としての脳はテトリスでは鍛えられない。そしてそれは他の多くの反射神経ゲームでも同じだ。そしてそれはテレビを見ている時も寝ている時もボーッとしている時も同じだ。

ゲームのやり過ぎはよくない。テトリスを毎日毎日朝から晩まで続けるのは、一日中コタツでボーッとテレビを見ているのと同じように脳に良くない。これはテトリスに限らず反射的に手が動くゲーム全般に言えるし、考えることを必要としない娯楽全般に言える。それに比べて体を動かすことは脳にもよい。

と、本のトンデモ的な所を全部削って結論をまとめてみると妥当な線に落ち着いた。 これについて「全部デタラメだ。ゲームを悪者にするな」と言う人もいるが、ゲームがそんなに悪者ではないとも思わないし、「ゲームばかりやってないで少しは外で遊びなさい」というお説教が全くのデタラメだとも思わない。なお、この本で出てくるゲーム脳の人の一人は小学校の時からずっと毎日6〜7時間ゲームをやっているそうだ。そりゃ明らかにやり過ぎだ。そんなにやってては脳がどうにかなってしまっても不思議ではない。


なお、誤解されないようにもう一つ追記しておかねばなるまい。本書では「ゲームは脳に悪い」とは言っていない。「子供のうちからゲームをやるのは脳に悪い」と言っているのだ。脳の神経組織が形成されるのは10歳ごろまでなので、ゲームをさせるならせめて中学生以降にすべきだ、と言っている。逆に言えば大人になってからならゲームをやっても問題ない。

よく考えれば、ゲームに対象年齢が規定されていないのは不思議なことだ。これはR指定とかX指定の話、つまり性描写や暴力の話ではない。子供では難しすぎてわからないだろうという話だ。小学生にいきなり太宰治の小説を渡さないように、性描写や暴力がなければ何でもOKというわけでもなかろう。ちなみにボードゲームではたいていのものに対象年齢が書いてあって、その最小年齢は10歳や12歳が多い。ゲームは子供が遊ぶものではないのだ。戦略性のある難しくて面白いゲームなら、同様に子供には遊べないはずである。

ただ、これらは「ゲームは(少なくとも)何の役にも立たない」という仮定に立った上での話である。これからは「ブロックを穴に入れるためにレバーを動かす反射神経」は重要になってくるかもしれない。ゲーム好きな医者の方が内視鏡をうまく操れるという研究結果もある。

結局、この本が「ゲームは良くない」と言っているのは、「小学校のうちに一日6時間も7時間もゲーム漬けになっているのはよくない」ということである。確かに良くなさそうだ。難しいことを考えることのできない子供にとってゲームとは考える楽しみでも何でもなく、ボーッとしているのと同じなのだ。毎日毎日そんなことばかりやっていたら確かに良くないだろう。