パズルと解の一意性

暗号問題とミステリと、そして……

公務員試験でよく「暗号問題」というのが出されるらしい。例えばこういうやつだ。

「いまかえる」が「0160100382」に変換されたとしたら「あいしてる」はどう変換されるか?

筆者にはなぜこうした問題が毎年平然と出されるのか不思議でならない。だれも問題視する人がいないのだろうか?あるいは、こういった事を問題視するようでは公務員にはなれないのだろうか。公務員はただ与えられた事を機械的にこなせればいいわけで、問題の意味についてあれこれ考えるような人間は失格だというのだろう。よく試験の誤採点が新聞ざたになるが、これこそ誤採点の最たるものに違いない。

おっと、一応、なぜこういう問題が問題なのか(ちょっとややこしい)を述べておこう。この問題文では答を導き出すに足る情報がない、というのが問題なのだ。例えば「2桁ずつに区切って、0→あ行/あ列, 1→か行/い列……」とやっていけば「いまかえる」が「0160100382」になるのはわかる。そして、同じ規則を適用すれば「あいしてる」は「0001213382」になるのもわかる。しかし、この解答には根拠は何もない。勝手にそれらしい規則を作って、それを適用してみたらこうなる、というだけの話だ。もしかしたらとんでもなく複雑な規則を適用したおかげでたまたま「いまかえる」が「0160100382」に変換されただけなのかもしれない。とすると、「あいしてる」がどう変換されるかなんて誰がわかるだろうか?

答えは「0001213382」だ、なんて堂々と言う奴がいたら質問してみるといい。「なぜそう言えるんだ?」と。そして「2桁ずつに区切って、0→あ行/あ列, 1→か行/い列……」と説明をし始めたらこう聞くといい。「なるほど。そうすれば確かに『いまかえる』が『0160100382』に変換されるだろう。しかし、他にも『いまかえる』が『0160100382』に変換されるような法則は無数にあるだろう。その中でなぜあなたはさっきの変換法則が正しいと思ったんだ?」と。その答えがいかに根拠のない憶測に基づいているものかがわかるだろう。

まだよくわからない人がいるかもしれないので、もう一つクイズを出しておこう。

○の中に入る数値は何でしょう?

1, 4, 9, 16, 25, 36, ○, 64

そして真剣に考える人がいるかもしれないので、答えもすぐ出しておこう。

答え:38
理由:方程式 x^8^-193x^7^+14717x^6^-572091x^5^+12135838x^4^-139153664x^3^+799970144x^2^-1933143552x+1260748800=0 の解である、と言えばすぐわかるだろう。

さあ、あなたは正解できただろうか?卑怯だなんて言う人がいるかもしれないが、どの答えも同じくらい卑怯だし根拠のない解答なのだ。


さて、そして次にミステリの話をしよう。といっても本格ではなく、テレビの「サスペンス劇場」なんていうものの話なのだが。

こういう話ではよく殺人の動機とか手口が問題となる。そしてそれを解明するのが物語の主題になっている。容疑者Aは事件の1時間後に殺人現場から遠く離れた別の場所で目撃されていた。確固たるアリバイだ。しかし探偵は壮大なトリックを思いつく。なるほど、こうすれば事件の1時間後にその場所に出現したように見せかけることができる、と。探偵はそれを実験してみて本当に実行可能であることを発見する。その事実を容疑者につきつけると観念して自白する。こういった話の筋だ。

こうした話を、ふむふむなるほどで終えてほしくない。なぜならこれは冤罪の可能性が高いからである。アリバイ崩しのトリックが典型的な例だ。犯人だとにらんでいる男には強力なアリバイがあった。それがうまいトリックを使って崩すことができた。しかも容疑者Aは確かにその殺人を実行することができる。しかし、だからといって容疑者Aが殺人をしたとは言えないのである。探偵がトリックを思いついただけでは不十分で、それを証明する有力な証拠が必要なのだ。いや、それでもまだ十分ではない。例え容疑者Aがそのトリックを使って事件現場から別の場所まで移動したことが証明されたとしても、それでも彼が殺人を犯したという証拠にはならない。彼は別の用事のためにそのトリックを使ったのかもしれないからだ。

本格ミステリでは殺人が一見して不可能に見えるという事件は少ない。逆に誰が犯人であってもおかしくないという状況が設定される。探偵の仕事は突拍子もないトリックをあばくことではなく、殺人犯を特定するための証拠を見つけることだ。一見何でもない証拠を集めてみると、なんと! 誰でもできるように見えたこの殺人が実は○○にしかできないはずなのだ!

ミステリの解答は「殺人の証拠」であって、「○○が殺人ができるという事実」ではない。「○○が犯人だ」というなら、直接その証拠を出さなければならない。それができないのなら、「○○以外は全員殺人が不可能だった」という事実を出さなければならない。そして、普通の場所では通り魔殺人とか居直り強盗などという解をどうしても排除しきれないから、本格推理モノでは孤島とか密室といった関係者以外が誰も入ってこられないような場所で事件が起きるのだ。「殺人は一見不可能だ。しかしこのトリックを使えば○○なら殺人ができた」という理由だけでその人を殺人者呼ばわりするのはひどい話である。


さて、今回は「解の一意性」というタイトルを挙げた。パズル好きはよく聞くこの概念も、一般には案外浸透していないのかもしれない。「これが答えだ」と言うからには「これ以外は答えではない」とも言えなくてはならない。これが解の一意性だ。そして、暗号問題も(凡百の)ミステリも「これが答えだ」と言うわりには、それ以外の無数の答えが正解でないとは言っていない。これでは問題として失格である。

そうそう、最後に蛇足であるが、「これは暗号である」と問題に書いてあったら、解答者がすぐ思いつくような簡単な方式では「それも正解」どころか「不正解」である。なぜなら、だれにでもすぐ思いつけるような方式であっては暗号の用をなさないからだ。これは「暗号である」という問題文と矛盾する。