今回はわりとどうでもいい話だけど、ネタがないので書くことにする。
日本語で、ある値より下であることを示す言葉として、「以下」と「未満」の2つがある。これは、一般には指定された値を含むかどうかの問題だと解釈されている。これを過剰に適用して、「以下の場合はその値を含むんだよバーカ」みたいなことを言う人がいるので、話はそんなに単純じゃないという話をする。
なお、デデキントとかイプシロンデルタとかいう面倒な話はしたくないので、小数点以下は有効数字2桁で統一する。もともとどうでもいい話のさらにどうでもいい部分に文句をつけないように。
たとえば、「身長170cm以下」という指定があったとする。この場合、170.01cmの人はこの条件にあてはまるのかどうか。考えてみると、なかなか難しい問題だということがわかる。
要するに、170.01cmと170cmはイコールか?という話になる。「170cm」を実数だと考えるなら、もちろんイコールではない。しかしもし、170.00cmから170.99cmを170cmと呼ぶのであれば、イコールだということになる。
もとの文に書いてある数値の桁が少なくなれば、この問題は大きくなって、見えやすくなる。「1m以下の物体」と言ったとき、1.99mの物体は含むのだろうか?普通は、1m以下の物体というのは1.00mとそれより下の値しか含まれないと解釈する。1mをたとえ1ミリでも超えたらアウトだ。しかし、本当に「ちょうど1m」なんてことはあるのだろうか?
ものの個数の場合は、こういう問題は起きない。しかし、よく考えてみると、それは上の話がそっくりそのまま適用されていると考えられる。
たとえば、「リンゴは3個以下なら食べていいよ」と言われたとする。この場合、解釈に問題が生じることはなく、3個食べても問題ない。ここで、リンゴを食べる過程を詳しく見ていくと、リンゴ2個を食べ終わって、3個目のリンゴをかじり始めてから、3個目のリンゴを食べ終わるまでが、「3個(目)」ということになる。
つまり、リンゴを食べた量で言うと、2を少しだけ超えたところから、3ちょうどになる時点までが「リンゴ3個」なのである。これは、前に挙げた身長の例での直観と少し異なる。身長の場合はふつう、170.00cmから170.99cmまでを「170cm」と呼ぶが、リンゴの場合は2.01個から3.00個までが「3個」なのだ。
これは、連続量と離散量の違いだ。170cmというのは連続量だから、身長が「170cmちょうど」というのはほぼあり得ない。正確に測れば必ず何ミクロンか以上の誤差は出るのだから、その値を含むかどうかという議論はほとんど意味がないことである。リンゴの場合は3個ちょうど食べるということができるが、その場合は通常、基準値ちょうどまでの値をその値とみなすから、解釈の問題は起きない。
では、「猿以下」みたいな言い方はどうだろうか。猿は含まれるのかどうか。「以下はその値を含む」と機械的に覚えていると含まれると言いたくなるが、実際は含まれない場合が多い。「猿」という基準は範囲があるからだ。
「猿以下」というのを、「猿の集団の中からどの1匹をとってきても、それと同じかそれより下である」という意味だとすると、それはつまり集団の中で最低レベルの猿と同じかそれより下ということになり、「猿以下」にはほとんどのサルは含まれないことになる。だから、実質的には「猿以下」には猿自体は含まれないと考えていい。
リンゴの話と同様に、進化の過程を順番に追っていくといい。単細胞生物からだんだん進化して、原始的な哺乳類から猿になった時点で、リンゴの話でいう「3個目を食べ終わった」状態だと考えれば、猿からさらに進化をして人間になった時点で「4個め」ということになる。そう考えれば、4個めに手をつけ始めた状態は「3個以下」ではないのと同様に、猿から人間へと進化し始めた段階はもう「猿以下」ではないということになる。
では、「江戸時代以前」はどうだろう?江戸時代は含むのかどうか。面白いことに、これは文脈によって変わる。そもそも、「江戸時代」とは何かという話になってくる。
もし、江戸時代を徳川幕府の時代だと考えるなら、徳川家康が戦国時代にあれこれしたことが江戸時代をつくっている途中にあたり、征夷大将軍に任命された時点で「徳川幕府の完成」となる。だから、「江戸時代以前」というのは、「徳川幕府の完成以前」ということになり、江戸時代自体は含まれないことになる。
もし、江戸時代というのを江戸の文化だと考えるなら、江戸の都ができたときには、まだ江戸の文化なんてものはなかった。それから徐々に、歌舞伎や相撲や浮世絵なんかの文化ができてきた。では江戸文化の完成はいつかと考えると、本当は永遠に完成などしないのだが、無理に考えるなら江戸時代の一番最後であると言える。そう考えるなら、江戸時代以前というのは江戸時代自体も入ることになる。
「以下」とは違って、「未満」という言葉は、「指定したグループに入っていない」というニュアンスを含む。つまり、「以下」の場合は基準は点であるのに対して、「未満」の場合は基準は範囲なのだ。「身長170cm以下」というと、170.00cmという基準点があって、それより下という意味になる。それに対して「身長170cm未満」というと、「身長170cm以上」というグループがあって、そこに入っていないという意味になる。
つまり、基準となる値がある1点ならば「以下」を使ってもいいが、幅があるものであれば「未満」を使ったほうがいい、ということだ。それに加えて、基準値以上であるということに何らかの意味があり、そこに入っていないということを強調したい場合に、「未満」を使う。
本来基準点を指しているものを範囲だと勘違いして、それに対してその値が入ってるとか入ってないという話をすると、おかしなことになる。だから、「以下の場合は基準値も含むんだよバーカ」と言うのはおかしなことなのだ。それが離散値の場合は言うまでもないことで誰も勘違いなんてしないことだし、連続値の場合は含むとか含まないという話をすること自体がおかしい。そして、そういうことを言う人はたいてい、点を指しているものを勝手に範囲として受け取って、通常ではない解釈をしてしまっている。
結論。「以下」と言っているのにその値が入っていないように見えるのは、一概に間違いと言えるようなことではない。ただし、混乱しやすいのは確かなので、基準値に幅があるものに対しては使わないに越したことはない。