マナーの話

自分が守るのがマナー、他人に守らせるのがルール

最近、マナー講師みたいな肩書の人が、妙なマナーを持ち出して、よく炎上しているようです。中には、「マナーの押しつけ」というようなことを言っている人もいます。マナーをいったい何だと思っているのか。

オンラインゲームでも、よくマナーに関するトラブルがあります。ゲームを始めたばかりの初心者が、どこから持ってきたのかわからない膨大な「マナーリスト」を突きつけられ、「マナーがなってない奴は来るな」と追い出されます。こんなのを見ると、「マナーって何なんだろう」と思ってしまいます。


英語のmannerは、「何かをするためのやり方」という意味です。それが複数(manners)になると、「公共の場所や他人と接する際の上品な振る舞い方」となります。「いいやり方」の集大成が「マナー」というわけです。日本語だと「お行儀」が一番近いでしょう。「おっ、いい感じだね。何かかっこいいね」というのがマナーです。

だから、たとえそれが単なる駄洒落レベルのものであるにせよ、マナーには理由があります。何かしらの理由があるからこそ、かっこいいと思うわけです。そして、もしかっこいいと思わないのであれば、放っておけばいいだけのものです。たとえば、「印鑑を押すとき、上司にお辞儀をするように少し傾けて押す」みたいなのを面白いと思うなら、実践すればいいんです。そして、上司に「なんでお前の印は傾いてんだ」と聞かれた時、その理由を語れば、「おっ、そんなことにまで気が利くとは」となって株が上がるというものです。もしそんな下らないことより他に気を回すべきだろと思うんなら、やらなければいいだけです。

ファッションに置き換えてみると、わかりやすいと思うんですよ。ジャケットにネクタイでかっこよくキメる人と、ヨレヨレのTシャツに下はジャージの人の違いです。後者はダメなのかと言われると別に法律違反なわけじゃないけど、就職面接に後者の恰好で来たらアウトだよな、という。そういう場合、「あちゃー、やっちまった」と本人が一番ダメージを受けていると思うんですよ。だから、わざわざ「帰れ」って言わず、「なんか面白い奴が来たな」と思って普通に面接すればいいんです。マナーも同様で、周囲を見習って我が振りを直すようなものだから、自分がマナーよく振る舞っていればそれでいいんです。そして、他人のことは放っておけばいいんです。


一方、マナー講師は生徒にマナーを教える立場です。来ているのは全員自分の言うことを聞きたがっている人たちだという前提がありますし、わざわざ来ている人たちに誰でも知ってる当たり前のことを言っても仕方ありません。だから、「ビシッとキメるならユニクロはダメ、最低でもアルマーニ」みたいなことは言うかもしれません。しかし、これは不特定多数に対して言っているわけで、どんな人に対しても無条件に成り立つわけではないことは当たり前のことです。そして、先生ですから当然、「生徒のマナーがなってないのを放っておく」こともしないわけです。

ところが、ネットには、自分の立場がわからなくなってしまった人がいるんです。不特定多数に向けて言っていることを、自分に対して言っていると勘違いしてしまう人が。そういう人が、見当違いなクレームを入れて炎上させてしまいます。自分という軸がないせいで、自分とは無関係なものを放っておくことができないんです。

一応言っておきますけれど、マナーが「間違っている」と言うのならいいんです。たとえば、「印鑑を押すとき傾けて押す」というのは、上司が上で部下が下という上下関係があるということが前提です。だから、その前提自体が間違っていて、役職は上下関係ではなく業務内容の差にすぎないと主張するなら、「上司にお辞儀するという前時代的な感覚は間違っている」と言えばいいんです。そうじゃなくて、「そんな下らないこといちいち考えなくていいじゃん」と思うだけなら、自分は考えなければいいし、考えたい人には考えさせてあげればいいだけだ、ということです。


マナーに対して、エチケットという単語もあります。これは、「特定の社会集団や状況において受け入れられる行動を決めるためのルールや慣習」です。エチケットはマナーと違って、決まり事です。そして、場所や状況によって異なることがあります。さらに、多くの場合、きっちりと明文化されていません(されている場合は単にルールと呼ばれます)。

たとえば、スープは音を立てずに飲む、というのはエチケットです。なぜなら、日本のように汁を音を立てて飲んでもいい社会集団もあるからです。特定の社会集団の中だけの決まりなので、エチケットなのです。そして、エチケットを守ることはテーブルマナーと呼ばれます。ちょっとややこしくなりましたか?「その場の慣習を守る」というのがテーブルマナーで、慣習の中身がエチケットなのです。

もしかして、マナーとエチケットを混同している人がいるのではないか。そう考えると、つじつまが合います。自分勝手な「マイエチケット」を正しい慣習だと勘違いして、他人に押し付ける。それだったら、反発が起きるのは当たり前です。

心配する必要はありません。社会集団の総意であるエチケットはそう簡単に揺るがないし、よほど当たり前のことでなければ、従わなくても恥ずかしい思いをする程度で済みます。マナーなんて、気楽に構えて、自分がいいと思うようにやっていけばいいんですよ。