「普通」の正体

名古屋めしの話

今回の話は地方色全開なんで、「名古屋なんてどうでもいい」という方は飛ばしてください。


名古屋に住んでいると、よそから来た人からたまに「せっかく名古屋に来たんで味噌カツを食べたいんだけど、どこへ行ったらいい?」と聞かれることがあります。こう聞かれた名古屋人のほとんどは「矢場とん」と答えるだろうと思います。でも、実は名古屋人の間で矢場とんの評価は決して高くなく、「あそこは観光客が行くところで、自分はわざわざあんな所で味噌カツを食べることはしない」という人が多いです。「混んでるし高いから行かない」という理由だけならありがちの話なのですが、それだけじゃなくて「味が好みじゃない」と言う人が多いです。自分ではあまり美味しくないと思っているくせに、人には勧めるというところが面白いところです。

でも、だからといって「味噌カツが食べたいなら『かつや』でいいんじゃない?」とはなかなか言えません。せっかく名古屋へ来て味噌カツを食べたいと言うのだから、「ザ・味噌カツ」とでも言うべき店を教えてあげたい。そうなると、残念ながら名古屋には矢場とんしかないのです。矢場とんなら名駅にも栄にも大須にもあって観光と組み合わせやすいし、地下街や大きなビルにあって場所を説明しやすいのですが、叶やとん八だとそう簡単にはいきません(逆に、矢場とん以外のお店を教えてもらったとしたら、それは相手に大切にされている証拠です)。


そして、さらに困るのが、「せっかく名古屋に来たんでモーニングを食べたいけど、どこがいい?」という質問です。味噌カツと違って、模範解答が存在しないのでさらに困ります。ホントに「喫茶店ならどこでもいい」としか言いようがありません。

よくよく考えてみると、名古屋のモーニングって、単にトーストが出てくるよっていうだけで、それが特においしいわけでもないのだから、わざわざ食べに行くようなものではないと思うんですよ。味じゃなくて文化なわけですからね。だから、「モーニングを食べたいけどどこがいい?」と聞かれた名古屋人は、自分が知っている中で一番変わったモーニングを出す喫茶店を紹介します。美味しさが求められているのではなく、面白さが求められているのですから。

だけど、そういう面白喫茶店って、たいてい街中ではなく、郊外の住宅街の中にポツリとあるんですよ。車でしか行けないような場所にあって、しかも近くに他に観光できる所はほとんどありません。コーヒーと一緒におにぎりや味噌汁が出てくるというただそれだけのために、相当の時間を使わせるのはためらわれます。


そういえば、同じ名古屋めしでも、手羽先やひつまぶしや台湾ラーメンに対しては、こういう違和感はないんですよ。手羽先なら素直に風来坊か山ちゃんを案内できますし、ひつまぶしなら蓬莱軒、台湾ラーメンなら味仙で違和感を感じません。味噌カツとモーニング、そしてもう一つ味噌煮込みうどんは、「どこがいい?」と聞かれると困ってしまいます。

これはなぜかとよく考えると、前者は非日常に属するものであって、後者は日常に属するものだからなんではないかな、と思います。味噌カツもモーニングも味噌煮込みも、わざわざ名古屋へ食べに出るものではなく(ちなみに、名古屋市内に住んでいても、繁華街へ出ることを「名古屋へ出る」と言います)、家の近所にある定食屋や喫茶店で食べるものか、あるいは自宅でつけてみそかけてみそをかけて食べるものです。だから、あえて聞かれると、「え?俺んちの近くの定食屋ではよく食べるけど、それ以外の場所で特にと言われても困るぞ」となるんではないかなぁと。

言い換えると、名古屋では味噌カツもモーニングも「当たり前」であって、そんな当たり前のことを特別視されて「どこ?」と聞かれても困る、ということです。なるほど、台湾ラーメンも同じようにどこの店にもあるけれど、台湾ラーメンに対しては味仙一択で違和感がない理由がわかりました。台湾ラーメンは「台湾ラーメン」と頼まないと出てこない(「ラーメン」と頼むと普通のラーメンが出てくる)のに対して、名古屋で「豚カツ」を頼むと、多くの場合味噌がついてくるという違いですな。(余談ですが、昔初めて一人で東京に出た頃、朝に喫茶店でコーヒーを頼んだらコーヒーしか出てこなくて驚愕した思い出があります。あのとき店に文句を言わなくてよかった)


そんなわけで、味噌カツが食べたければ、わざわざエスカの矢場とんに並ばなくても、双葉でいいと思うんだ。というのが今回の結論。