フリーのソフトウェアとは?

「フリーウェア」という曖昧な言葉の意味を考えてみましょう.

商用の無料ソフト

ここでは「なんとなくタダ」のソフトを「フリーウェア」と呼ぶことは止めます. なぜなら後でもっと違う意味で「フリーウェア」という言葉を使いたいからです. ここではタダのソフトは素直に「無料ソフト」と呼ぶことにします.

ここでの目的は「無料ソフトにもいろいろある」ということを知ってもらうという事です. 「なんとなくタダ」の物をこうやって一緒くたに呼んではいかんでしょう, とここでは言いたいのです.

ちなみに「無償」と「無料」の違いにも気をつけておいて下さい. 「無料」というのは「お金を払わなくていい」だけで, お金以外の何かを対価として要求している場合も含みます.

最初に挙げるのは「ソフトウェア会社がタダで配っている無料ソフト」です.企業はお金を儲けるのが目的ですから, 無料とはいってもどこかで利益を得る仕組みを確保しているのが普通です. あなたに行くべき請求書を他の人に回しているだけなのです. 直接「お金」を求めているわけではない場合もありますが, 何らかの形で自分達の事業へのメリットを考えてのことです.

もちろん企業が自分達の利益にならないことをするのは株主に対する背任ですから, 無料ソフトによって儲けようとする事自体をいけないと言うつもりはまったくありません. しかしどういう仕組みになっているのかは知っておいてほしいのです.

タダは企業にとっておいしい

本論に入る前に, 「タダ」が持つ心理学的意味合いについて少し述べたいと思います. ソフトに限らず世の中には「タダ」のものがあふれています. 試供品なら理由ははっきりしていますが, 街角でタダでティッシュを配ったり, お店に行くだけで来場記念プレゼントを配ったり, どうしてそんなに気前がいいのでしょう?

「ただの宣伝じゃない?」というのはその通りです. チラシよりティッシュの方が受け取ってもらえるから, という理由もあるでしょう. しかしそれだけでなくもっと深い心理学的効果を狙っているのです.

人間は人に何かしてもらうと「悪いなあ」という気持ちが生じてきます. そしてその人に恩返ししたいという気持ちも生じてきます. 「こんないい物をもらっちゃって, 何も買わずに帰るなんて良心に反する」とそこで買い物をしてもらうのを秘かに狙っているのです.

人は何かをしてもらう時に「対価を払わない」より「対価を払う」方が好きです. 例えば, 深夜駅で帰りの電車賃が財布に無いのに気がついたとします.そこで親友に「すまん, ちょっと千円貸して. 明日返すからさ」と頼んだとします. そこで親友に「おう, 別に急がないからいつか返してくれ」と言われるのと, 「それはお前にやるから返さなくていい」と言われるのとどっちがうれしいでしょう?千円くらいで恩を着せられたくないと思うのが普通じゃないでしょうか? あなたはきっと「いいよ, きちんと返すよ. 」と言って, いつか思い出した時にきちんと返すことでしょう. 律義な人ならばしばらく会えなかったら銀行振込みなどの手段を使ってでも返そうとするかもしれません. そのくらい「恩を受けて返さない」というのは恩を受けた側にとって不快な状態なのです.

企業はこれを狙っているのです. 人間は不快な状態に置かれるとそれを解消しようとします. つまり恩を返すという行動です. しかし友人と違って企業は勝手にお金を送りつけようにも送りつけるわけにはいきません. それで仕方なく「そのお店の品物を買う」とか「そのお店にまた行く」という方法で恩を返そうとします. そして企業にとってみればその方がタダで配った何がしかの値段以上に儲かるわけです.

人間の深層心理を突くというこの方法は私はあざといと思います. こうした商売にうまく対処するには, 手口をよく理解し「この企業はこれこれこういう意図でこれを私にくれたんだ. だから別に負い目を感じる必要はない」と思うことです. こうしたひっかけに惑わされずその店の商品がいいと思ったら買い悪いと思ったら買わないことです.

ビューア, プレイヤー

さて各論に入りましょう. まずは「ビューアやプレイヤーをタダで配る」という事例についてです. 企業は私達にこういうソフトをタダでくれる代わりにどこからお金を取っているのでしょう?

Adobe Acrobat ReaderやMicrosoft Powerpoint Viewerなどはタダで配布されています. でもこれは単に制作ソフトでお金を取っているからにすぎません. 読み手の側も高価なソフトがいるのなら, そんなソフトで作った文書をだれも読んでくれなくなります. だれも読んでくれないようなフォーマットの文書をわざわざ作ろうという人もいないでしょう. だから, こういう「見るためのソフト」はタダで配っているのです.

制作ソフトではなくコンテンツを売る目的の場合もあるでしょう. 例えばインターネット上で有料で1回200円くらいで映画を配信するとしたら, それを見るソフトを何千円も出して視聴者に買わせるわけにはいきません. だからこれはタダにしてかわりに視聴料で稼ごうというわけです.

こうした例では, あなたのソフトの請求書は「コンテンツを作る側」に回されています. コンテンツを作るためのソフトはずっと高額なのが普通です. コンテンツを作るのは普通は企業であって個人と違ってお金を持っていますから,こうした高いソフトでも買えるのです.

開発環境

逆に使う側ではお金を取って開発環境側をタダにする場合もあります. これは「喜んでお金を払うのはどちらか?」という程度問題に過ぎません. 例えば新開発の動画再生ソフトがどんなにすごい性能でもコンテンツが乏しければ誰もわざわざ買おうとはしないでしょう. そういう場合はコンテンツの作り手に頭を下げて「開発環境をあげますからどうか作って下さい」と言うしかありません.

この手法は規模の小さい会社でよく行われます. コンテンツの作り主にお金を要求したんでは誰もコンテンツを作ってくれないという場合, つまり普通の企業はわざわざそんなソフトのコンテンツを作りたいなんて思わない場合には,作る方に頭を下げるしかありません.

ソフトとは少し違いますが「レンタルWebページ」なども同じ仕組みです.ページを置く側にしてみれば「タダで自分のWebページを置かせてもらえるなんて気前いい」と思うかもしれませんが, 言い換えればレンタルWebページサーバのコンテンツを無料で作らされているということでもあります. その代価はページを見る人が「ページの上についている広告を見る」という行為によって払っているのです.

お試し版

商用のタダのソフトでよくあるのが「30日間無料で使える」というようなお試し版ソフトです. あるいは「セーブができない」というような実用上問題のある制限がついている場合もあります.

こういったソフトの意図ははっきりしています. 気に入ったら本物を買え,というわけです. パッケージにすごい機能がいろいろ書いてあったのにいざ買ってみるととても使いにくい, というような事を防ぐためにはとってもよい仕組みだと思います. でもこんなのをフリーウェアとはあまり呼べませんよね.

付属ソフト

「自社ソフトを使う上でちょっと便利になるツール」をタダで配る例もあります. 例えば他社(Microsoft Wordなど)の文書を自社のワープロソフトで使える形式に変換する変換ツールなどです.

これを使う人は既に自社のソフトをお金を払って買ってもらっているので, こうした無料ソフトはそういう人に対するアフターサービスです. 逆に言えば,自分が買ったソフトの値段にこうしたアフターサービスの費用も含まれているとも言えます.

あまりにもソフトの規模が大きいので普段はこうした「付属ソフト」だと意識しないような無料ソフト[1]もあります.しかし, 規模の問題ではありません. 有料ソフトを売っている会社が, 自分の売っている有料ソフトの価値を上げるために無料ソフトを配り, なおかつその無料ソフトは自社の有料ソフトを買わないと使えないような場合は, 多かれ少なかれこの場合に含まれます. 気前よくタダで配っているのではなくあなたは既にその対価を支払っているのです.

パッチ・バージョンアップ

ソフトウェアメーカが自分の売ったソフトに重大なバグを発見した場合, 無料で新しいソフトを配る事があります. 自動車でいうとリコールです.

残念なことに, 自動車ならメーカ側が「誠に申し訳ありません」と頭を下げるのに対し, ソフトウェア業界では全般的に「俺はお前達に修正版をタダで配るんだ. ありがたく思え」と高姿勢です. 昔はもっとひどく, ミスを修正したものをまたお金を取って売りつけようとさえしたのです. こうした昔の事情があったせいでこの業界ではなんとなくこんな事がまかり通ってしまっています.

最近では賢い(というか正常な感覚を持つ)消費者も多くそんな暴論はまかり通らなくなりました. なのでメーカは修正版を作る時に少し機能を足すことにしました. (もちろん機能を足すことでまたミスも増えるのですが) 少し機能が増えてれば「ありがたく思え」と大いばりで配れますし, 以前のソフトに問題があれば「新しいのをタダで配ってやってんだからそれを使え」と言えるのです.

あなたが買ったソフトのバージョンアップはタダでやってもらえてうれしいのではなく, 当然の権利なのです.

シェアウェア

自分のソフトを誰もが自由にタダで使えるようにして, 「ちょっと試しに使うんだったらいいけど, 本格的に使う前にお金を払ってね」と使用者に金銭を要求するのが「シェアウェア」です. シェアウェア成立の経緯や作者が個人であることが多いことから「フリーウェア」の中に入れてしまう人もいますが,「お金を要求している」という時点で立派な有料ソフトです. 混同はしないで下さい.

シェアウェアは田舎によくある「野菜の無人即売所」にも例えられます. 畑のまん中に机が置いてあって, そこで朝取れた野菜が並べてあり, その横に「一つ100円」と書いた札と貯金箱が置いてあるだけでそこには誰もいない, そんな状況です. だれも見ていないしお金を入れていかなくてもきっとバレませんが, それでも野菜だけ勝手に持っていってしまうのは立派な泥棒です.

シェアウェアは前述の「お試しソフト」の仲間です. 製品版というものがパッケージとして別に用意されて小売店で売っていない, というだけです. あなたがタダで使えるのは試す目的で使う時だけで, 本格的に使うにはお金を払わなくてはならないのです. そして, バレないからという理由でそれを払わないのは, 無人即売所の野菜を勝手に持っていってしまうのと同じように「泥棒」なのです.

「どこまでが試用でどこからが本格的使用なのか線引きなんでできないじゃないか」と反論する方もおられるでしょう. シェアウェアの中にはこうした線引きをちゃんとしているしっかりしたソフトもあります. 例えば「インストール後20回までは無料」とか「インストール後30日は無料」とか. しかしそうでないソフトも多くあります. その場合は「あなたの良心で決めてください」と言うしかないでしょう.

本格的使用の条件をきっちり決めてくれているソフトはある意味良心的だと言えるでしょう. なぜなら「この範囲に収まるなら私はあなたを泥棒呼ばわりしない」と明言しているのですから. しかしそういった良心的なシェアウェアは多くはありません. 「あなたが試用の範囲を越えたと思うなら」お金を払えというのは, 逆に言えば使用者がいつも「これは試用の範囲なのだろうか?」と自問自答しなければなりません. 自分は試用のつもりでも向こうが勝手に「お前, 俺のソフトを金も払わず使ってるだろう」と言いがかりをつけてくる可能性だって無いわけではありません.

あなたがもしこれからシェアウェアを作ろうと思うならお願いしておきます.お金儲けしようと思うなら本格的使用の範囲をきっちり決めて下さい. でないと使用者は安心してそのソフトを使うことはできません. 「その人が試用だと思う限りはタダで使ってもらって構わない. どこまでが試用でどこからが使用かについてかっちり決めるつもりはない」と言うのであれば, お金を払わない人に向かって文句を言ってはいけません. そういう人はシェアウェアではなく後述する「カンパウェア」にしてください.

シェアウェアを使う側にも言っておきます. まず利用条件を見ましょう. 優れたシェアウェアほど利用条件もしっかり記述してあります. 利用条件がきちっと書かれていないシェアウェアはたいてい素人が作ったクズですのでダウンロードする必要はありません. そういうシェアウェアよりはむしろ完全にタダのソフトの方が出来がいい場合が多いです. ただし, シェアウェアと後述する「カンパウェア」の違いには気をつけて下さい. カンパウェアの作者には良心的で素晴らしいソフトを作っている人がたくさんいます.

そして, もしシェアウェアを使うと決めたのなら泥棒行為はせずきちんとお金を払いましょう.

サポート料のあるソフトウェア

一般個人向けではなくて開発者や専門家向けのソフトウェアの場合, ソフトだけもらっても困る場合があります. 何か問題が起きた時の相談窓口とか, バグが発生した時の即時対応とか, あるいは使い方講習会とか, そういったサービスを有料で売っている場合も多くあります. こうした場合にサービスだけを有料にしてソフト自体は無料にしてしまうこともあります.

企業の側からしてみればソフトのコピーはタダでいくらでもできるのに対してサービスは人件費がかかります. だからこの料金の徴収方法は(ソフトの開発費を無視すれば)理にかなった方法です. それに, 企業の側からするとサポートが貧弱で安いソフトよりはサポートが万全で高いソフトの方が好まれます.

専門家向けのソフトはどうせ企業の技術者か大学生くらいしか使いません. そして大学生は貧乏だから高いソフトなんて買うわけはないし, 企業はタダのソフトよりはアフターメンテナンス万全の高いソフトの方がありがたいのです.だからソフトを大学生のような貧乏人にタダで配る代わりに,企業向けにはサポートと称して料金を取るのです. 大学生が将来企業で活躍することを考えるとソフト会社にとってみればおいしい話です.

「サポート料」と明示的に書いてないソフトでも「非商用使用は無料」とか「大学生・教育機関は無料」という条件にしているソフトが多くあります. 意図や理屈は同じようなものです. 商用で利用したい人は安いとかえって迷惑だし, 非商用の人はちょっとやそっと値下げしたところでどうせ使ってもらえないからです.

商用の無料ソフトはボランティアではない

要するに商用ソフトはあなたには無料でソフトを配るけれどもちゃんとどこかからお金をもらえる仕組みになっています. もちろんだからといって良くないわけではありませんし, 「資本家反対!」と叫ぶつもりもありません.ちゃんとそうした「裏の意図」を読み取ってちゃっかり利用すればいいと思います.

ただ作者が善意で提供するソフトと混同して欲しくないのです. 対価を求めず自分のソフトを世の中に出している人と, 金儲け目的の人を一緒にして欲しくないというだけなのです.


  1. Microsoftが無料で配布している数々のソフトはWindowsを使っていない人には利用することができません。だからこれらのものはタダなのではなくWindowsの付属物だと考える必要があります。