晩餐

失恋から立ち直ろうともがくガートランド。その彼が、ある事件に巻き込まれ、思いがけず自分の内面を見つめることとなる。自分の本性に愕然となった彼は、人知れず苦悩の声を上げ、自らの救済を求めてさまよう。

遭遇

ガート: あ、見つけた
彼は押し殺した声で言った。開いている扉の向こうに人影を見たのである。出ていこうとするドラを右手で制止し、柱のかげに隠れた。
ドラ: 僕にまかせて。こんな時の対処の仕方についてアイデアがあるんだ
ガート: わかった。まかせた。
ガートには特に考えはなかった。隠れて様子を見よう、という程度である。ドラが言うのなら、任せるのにやぶさかではない。ドラが出ていくのを、彼は柱のかげから見送った。

向こう側の二人の声が大きくなってきた。こちらに近寄ってきたのだろう。内容まで聞きとれる。ガートは、出ていくドラと退路である後のドアを交互に見ながら、息を殺して柱にしがみついていた。
ナリ: 後をつけてくる者があるな
ラベンダー: 不意打ちをくらわせましょう
二人が扉から出てきた瞬間、ドラが二人に声をかけた。
ドラ: こういう時は、映画で見たように…
ドラ: フリーズ! 動くんじゃない!
ガートは、その後の様子は見ていなかった。もと来た道に向かって猛烈に走る。
ガート: すまん、ドラ!
彼は、自分が言ったこの言葉が果たしてつぶやき声だったのか叫び声だったのか、それすらもよく分からなかった。

敵の死骸の転がるがらんとした部屋で、ガートはさっき通った扉をぼうっと眺めた。扉は既に閉まっている。向こう側はどうなっているだろう?相手側は敵意を持っているようだ。ドラがした行動はよく覚えていないが、あまり望ましいものではなかったような気がする。選択肢は2つ。このまま帰るか、それとも向うに戻るか。
ガートは一つ手を思いついた。マグを外し銃をしまう。深呼吸をすると作り笑いをした。帽子もこころもち後にずらした。どうだろう、これで陽気に見えるだろうか?危害がないことをアピールしよう。
彼は扉を開け、部屋に入った。三人がいるその部屋へ。

ガート: やあ
彼は軽く右手を上げ、手を振った。そして、すぐに振った手を止めると、ゆっくりと左手も上げた。目の前では小柄なキャストが銃を構えていた。そして、銃口がまっすぐこちらを向いていたからである。
ガート: なんだい、物騒な! 丸腰の相手に銃だなんて
ナリ: フォースはキャストにとって脅威だ。それがわからないらしいな
ガートは銃口を見つめた。彼の生命はこれが火を吹くかどうかにかかっている。そして、それを決めるのは目の前のキャストであって、彼にはどうすることもできない。彼はそのキャストの顔に視線を移した。キャストの表情はわからないものだ。行動しようにも情報不足である。彼は何もすることができず、その場で凍りついた。作り笑いを浮かべたまま。
ドラ: ガート!
床の方から声がした。青いキャストがうつ伏せになっており、そのボディの上には若い女性の左足があった。キャストは手足を大の字に広げ、かたわらには銃が落ちていた。ガートは瞬間的に青い顔の方を向いた。今度はなぜか一目で表情が分かった。

呼ばれてからどのくらい時間が経ったのかは分からない。一瞬だったかもしれないし、数秒後だったかもしれない。ガートにしてみれば、あれこれ考えをめぐらせ、しかし一瞬で答えたつもりだった。彼の口から出たのはこんな言葉だった。
ガート: は?確かに僕の名前はガートランドだが、そんなに気安く呼ばれる覚えはないな
彼は若い女性と小柄なキャストを交互に見た。銃口がこころもち下がったようだ。
ナリ: 何者だ?何の目的でここにきた?
ガート: 大学生だ。ここへはちょっと探検に‥
一応は本当のことだ。こういう場合には、できるだけ本当のことを言うべきだ。塗り固められた嘘はすぐに分かる。
ドラ: ガートとはそこで知り合ったばかりで…
ガートは聞こえてくる言葉を無視しようと努めた。ガートって誰のことだろう?話し手の方を向かないように気をつけた。
ドラ: 僕はハンターじゃないので…同居しているハッピーさんに言われまして…あ、ハッピーさんご存知ですか?ご存知ない?青い服のレンジャーで、金髪で、自分では気取っているつもりなのにどこか抜けていて…。そして、おっさんと言われると異常に怒るという…
ナリ: 知らん
ラベンダー: ハンターズじゃないなら犯罪者だな
ガートは、ハッピーという男に会ったことがある。確か、大学の先輩からの依頼だった。そうか、あいつの関係者だったのか。表情が緩んだ。慌てて周囲を見回す。誰もこっちを見てないな、よかった。天井を見上げて表情を作る。
ドラ: 同じ所に住んでいるのです。連絡を取って頂ければ…
ガート: 同じとこに住んでる奴なんて関係ないよ
彼は青いキャストの上の女性を見た。彼女は僕をどう思っているだろうか?彼女ならキャストと違って表情が読めるだろう。だが、彼女はすぐ下の青いキャストを見つめていたので、結局のところよくわからなかった。

ガート: ところで、いつまで銃を突き付けてるんだい?立派な犯罪だよ?僕は我慢強いからいいけど…
ガートは、再度事態の打開を試みた。もうそろそろ良いだろう。
ラベンダー: 本当の目的を言いなさい
ガート: 本当に探検だよ。信じてもらえない?えーと…そこのきれいなお嬢さん
ガートは上目づかいに前の女性を見上げた。彼女も目を上げ、こちらを見た。反応は悪くなさそうだ。
ラベンダー: まぁ、害はなさそうだし…。回れ右して帰りなさい。ここは危険だから。
ガート: わかった
ガートは回れ右をすると、手を上げたままゆっくりと扉の方へ歩いていった。

ドラ: ガート!
彼は叫びを背中で受け止めた。だが、聞かなかったことにした。